■イソザキ時計宝石店■
時計の小話



第76話(スイス・ETA社について)

セイコー・シチズンと共に世界最大級の時計ムーブメント供給会社の一つにETA社が あります。セイコー・シチズンの日本2大メーカーに対抗する為に、エボーシュ・グループの集合体として1984年に成立しました。1970年代のセイコー・クォーツ・クラッシュにより、1600社余りあったスイス時計関連業界は大激震を起こし、何回となく統廃合を繰り返し、今では500社余りに減少しております。それでも日本のセイコー・シチズン・オリエント・リコーの4社に比べて断然多いですね。ETA社の成立は、おそらくスイス国家の国策的な会社と言っても差し支えないかも しれません。現在、時計ムーブメントの生産数は軽く1億個を越えています。その1割弱がメカ式でしょうか。最近その比率が高まっていると聞いております。ETA社の中には過去の有名なエボーシュ・メーカーが参画しております。代表的なものに、バルジュー、ヴィーナス、ユニタス、アシールド等があります。工場は世界各地にあり、スイス・ドイツ・フランス・タイ・マレーシア等が主な工場です。メカ式はスイス本国のみで生産していると聞き及んでおります(やはりメカ式には熟練の技術者が必要なのでしょうか?)。メイドイン・スイス時計の50%以上は、ETA社のムーブが入っていると断言しても過言ではないほど寡占しています。あなたがもし、スイス時計を持っておられるのでしたら半分の確率でETA社製でしょう。最近人気隆盛のU・N社、I社・タグホイヤー等や、ラドー・オリス・オメガ・モーリスラクロア・ロンジン等もETA社のムーブを採用しております。クロノグラフ・Cal、7750(私はこのムーブが余り好きではないですが)は特に有名で、スイス時計のクロノのほぼ過半数を大きくこえる割合で使われております。自動巻Cal、2893系も頻繁に採用されております。有名なU・N社、I社の20〜40万クラスの腕時計には、Cal、2893系が金メッキが施されて使われています。タグホイヤーの10万円台の時計には金メッキしないでそのままの地板のまま使われています。ここ最近若い女性に人気の出てきたノモス手巻き腕時計の機械は、ETA社手巻きCal、7001が金メッキして使用されています。Cal、2846は普及型自動巻キャリバー(リーズナブルで高精度の出る安定したムーブ メント・ETA社の代表的ムーブ)として有名で、私は何十回以上もOHしたか解らないほど多くの数にのぼります。極端にいえば目を閉じていても組立ができるほど慣れた好きなムーブです。ETA社の機械式のキャリバーは、大小(男持ち/女持ち)合わせて20種類以上あるでしょうか。スイス時計をお持ちの皆さんは、自分の時計の機械がどこ製か知っておくのも悪くないかも しれません。ロレックス・ゼニス・GP・ジャガールクルト等のマニュフャクチュールは殆ど100%近く自前の機械ですが、他のスイス時計メーカーは自前のムーブを入れたり、一部をETA社からムーブを供給して入れたり、全てETA社の機械を入れたりしているメーカー等があります。高額スイス時計を購入される人は、メーカーブランドで買うのか、機械ムーブメントメーカーで買うのか、デザインで買うのかしっかり見極めてから購入された方が失敗は無いでしょう。技術力があって人気のある有名なスイス時計メーカーは、やっぱり自前の機械を入れて売り出して欲しいなと私は願っております。高級スイス時計の裏蓋を開けてETA社製が入っていると少しガッカリしてしまいます(決してETA社製が悪いと言うことではありませんから誤解の無いようにお願い致します)。ETA社はセイコーと同じように良心的で信頼の出来る世界有数の時計メーカーです。  

第77話(グランドセイコーの歴史について その2)

三重県のM氏よりKS(キングセイコー)に引き続きグランドセイコーの修理依頼を受けました。この時計は、M氏のお父様が勤続25年の褒賞として有名総合電器会社から貰われた記念品です(同期の1000名の方が頂いたという事です。すごい数ですね。その1000個のGSの行方はその後どうなったのでしょうか。このGSはアンティーク市場で25万円〜30万円で売買されています。と言うことは、3億円の価値あるGSがどこかで眠っているわけですね。時計の小話を読んで気が付いてくれたらいいのですが)。送られてきたGSは1965年製ですが、1960年に初めて売り出されたGS(この時は25000円で売り出され当時の大卒初任給が14000円の時代です)と同じ機械のCal、5722Aが入っておりました。このムーブは手巻きで25石入りで大型テンプを採用し、平均日差−3〜+12秒に調整され、発売されていました。このGSは諏訪セイコー(セイコーエプソン)で製造されたのもので、それからは第2精工舎(セイコー電子工業・現セイコーインスツルメンツ)が競争しあって交互に新作のGSを発表していきました。1960年から12年間メカ式のGSは生産・発売され、それ以降の1975年よりGSクォーツに完全に変わられてしまいました。1998年にメカ式のGSが復活するまで、25年間以上のメカ式GSのブランクがあったのです。今までに発売されたメカ式GSは男性用で7機種のムーブが開発され、婦人用は1機種(19系・非常に珍しい高精度のメカ式)のみでした。セイコーエプソンが5機種で、第2精工舎(セイコー電子工業)が3機種を開発しました。全国のGSファンの方で全部をお持ちの方がおられるかもしれません。もしおられるとしたらビックリものです。セイコー内の2つの優秀な子会社が切磋琢磨して競合しあい、素晴らしいGSのメカ式時計を市場に送りだし続けたのです。その中では1968年9月に発売された45系(セイコー電子工業)と、1969年6月に発売された6185系(セイコーエプソン)が断然他を圧するムーブメントでしょうか。6185系(セイコーエプソン)のGS・VFA(Very−Fine−Adjustedの略)は、平均日差−3〜+3秒に調整された品が合格品でした。この2機種はおそらくスイス天文台コンクールで素晴らしい成績をおさめた技術調整者・小池健一氏、中山きよ子氏、稲垣篤一氏らの手によって世に送り出されたのものでしょう。この後どんなにイイ機械がセイコー舎から発売されても、この2機種を追い越すものは生まれてこないものと私は思います。1970年大阪にて開催された万国博のタイムカプセルEXPOー70に、我らのセイコーGS・61GAWが入っております。果たして5000年後の西暦6970年の人々は、このGSをどのような目でながめるのでしょうか。おそらく5000年前の人間がこれほどまでによく合う時計を作っていたことを知って腰を抜かすでしょうか。
この修理したGSはHPに掲載致します。

第78話(諏訪セイコーと第二精工舎と精工舎について)

天文台コンクールについてもっと詳しく知りたいという読者の方が多いので、さらに述べてみます。諏訪セイコーと第二精工舎は、1963年から1968年までスイス天文台コンクールに参加しました。天文台コンクールは純粋に時計の精度を競う時計メーカー同士の激しい争いでした。その常連はオメガ・ゼニス・ロンジンで、いつもトップを競っておりました(ロレックス・IWCは参加しませんでした)。日本の時計メーカーでは唯1社、セイコーのみが敢えて挑戦したのです。そのチャレンジ精神は見事と言うほかありません。それほどまでに、その頃はスイスと日本では時計技術の差が歴然とあると思われていたからなのです。腕時計クロノメーターと言えば、スイス高級時計の代名詞みたいなものでした。その時代の日本の時計マニアは、大枚なお金を出してスイス製高級腕時計クロノメーターを買っていたのです。その精度競争の場は、ニューシャテル、ジュネーブ両天文台で行われました。セイコーは最初の頃は余り芳しい成績ではなかったのですが、テンプの振動を6から10振動にすることにより、目覚ましい精度を発揮するようになったのです。 当初はオメガ・ロンジン・ゼニスに太刀打ち出来なかったのが、参加して2〜3年で追いつき、そして追い越すほどにセイコー技術陣は頑張ったのです。その設計陣の中心におられた方が小牧昭一郎氏(現ヒコミズノ学校の講師、私は20代の若いとき、東京であったCMW大会に参加してダンディな氏にお会いしました。私にとっては憧憬の対象となる先生です)・久保田浩司氏(この先生にお会いしようと思われたらセイコー資料博物館にいかれたらいいでしょう。今そこの館長をしておられます。時計史に関しては造詣の深い先生です)・依田和博氏であり技術調整者が、かの有名な小池健一氏・中山きよ子氏・稲垣篤一氏・野村荘八郎氏・井比司氏(この5名の方々は日本が世界の誇る技術調整者でしょう)なのです。歴史を誇ったニューシャテル天文台コンクールは1967年が最後になりましたが、中止になった大きな原因は東洋の国の日本のセイコーが短期間に目覚ましい精度の躍進を遂げ、コンクールで有名スイス時計メーカーを駆逐したからに違い有りません。ジュネーブ天文台コンクールは1968年が最後になりましたが、実質メカ時計分野では1位から7位まで諏訪セイコーが独占し、圧倒的な勝利を収めたのです。歴史の浅い日本の一企業のセイコーが、何百年と連綿と続くスイス有名時計メーカー連合に打ち勝ったという快挙なのです。その為にジュネーブ天文台コンクールも1968年にうち切られてしまいました。その当時の諏訪セイコーと第二精工舎の時計精度の関する技術力は、まぎれもなく世界最高峰であったと断言しても差し支えないでしょう。その時代の技術の象徴の申し子として、天文台クロノメーター合格品の市販があるのです。そのCal(キャリバー)が第二精工舎45系の手巻き腕時計なのです。1969年に73個発売され、1971年までに延べ226個市場に出ました。市販された天文台クロノメーター合格品は平均日差が1秒も狂わないと言う、メカ式では想像でき得ない超高精度でした。もう一つの子会社の雄、精工舎はクロック専門工場として大いに発展しましたが、人件費等の高騰により国際競争力が低下し、今では生産拠点を中国に移転しております。亀戸にあった工場は閉鎖されたと聞き及んでおります。これも一種の産業の空洞化でしょうか。 私は最近NHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX」をよく見ますが、この天文台コンクールに挑戦したセイコーの若き技術者達の話を取り上げて特集を組んで欲しいと願っております。その時活躍された生き証人の技術者の方々が元気で現役で活動されている内に放送をして欲しいなと思っております。この番組を見ていますと、日本人の職人・技術者魂が見事に描かれていて、毎回大きな感動を覚えます。日本の科学・技術力の低下が叫ばれている今、先人達の燃えたぎるような熱意・情熱に学びたいと思います。

第79話(ROLEXアンティークについて)

先日、石川県の地元のお客様が当店のHPをご覧になり、ROLEXアンティークをお持ちになって修理依頼のためにご来店いただきました。その時計はカレンダー付き手巻き17石Cal、1225の非常に状態のイイ腕時計でした (止まりの原因は油ぎれにために調子がかなり落ち込んで、数時間で止まるというもの)。ローマン数字の文字板には、オイスターデイトPRECISIONと書かれ、ムーブの地板にはMONTRES・ROLEX・SAと刻印されていました。4〜50年ほど前の代物ですが、分解掃除・精密調整の結果素晴らしい精度が復元しました。軽くクロノメーター規格に合格するような精度がいとも簡単に蘇りました。ロレックス社が4〜50年ほど前にもかかわらずこのような素晴らしい時計を作っていたのかと思うと、今の隆盛が当然だと思うようになりました。4〜50年間のロレックスの企業姿勢の蓄積が、今の絶大な信用を勝ち得ているのに違い有りません。私はどうしても国産びいき(特にセイコー)になり、ロレックスには少し辛い点を付けたようで、ここでランク付けを見直したいと思います。余りにも人気があるために、嫉妬?と羨望?からでしょうか、関脇にしましたが、やっぱり東横綱クラスなのですね。こんなムーブを眼前に見せつけられてしまうと、何の反論・異議申し立ても出来ません。さすがロレックスだなーと。アンティーク腕時計を修理するとき、気分が2通りに大きく分かれます。難物で時間ばっかりくって修復出来ずに疲れ果ててしまう場合と、ムーブメントを見ただけでゾクゾクするような興奮を覚える場合があります。このロレックス時計はまさしくこれで、修理時間中、職人として至福の時間でした。この感動を読者の方に上手く伝えられないのが残念です。お客様から話を聞いてみると、金沢の質屋で68000円で買ったというのです。余りにも安い購入価格を聞いてビックリ致しました。いろんな雑誌・資料を調べてみますと。ゆうに20万円〜25万円位でアンティークショップで売られている物なのです。まだまだ場末の情報の乏しい質屋さんには、とてもお買い得な良品のアンティーク・ ウォッチがごろごろ眠っているのですね。以外と穴場はそういう所かもしれません(それにしても質屋さんの親爺さんは何も知らないとはいえ、68000円で手放すとは勿体ないなー。この機械の状態を知っていたら私なら 25万円で買うと言われても手放しません。最近のA・Pの5〜60万円の手巻き腕時計のムーブと比較しても何ら遜色がありません)。アンティーク・ウォッチ・ファンの方々は大枚なお金を出す前にいろんな質屋巡り(特に古い場末の所)をすると、こんな価値ある時計に出逢うかもしれません。このROLEXはHPに掲載致していますからご覧下さい。

第80話(セイコー極薄時計、Cal 6810について)

3月18日〜23日かけて、ある読者の方より通算8回電話がありました (後日、写真までお送りいただきました。よっぽど手に入れたのが嬉しかったのかなー)。最近手に入れたセイコーCal 6800がどのような時計か調べて欲しいという依頼でした(急に言われても何がなんだかさっぱり解りませんでした)。近所の時計店(長い間、金庫に眠っていたSS側の中古品です)から4万円で入手したものらしいのです。足繁く通って店主を粘り抜いて説き伏せて、購入にこぎ着けたらしいのです。資料で調べてみますと1969年に発売された極薄型手巻き腕時計(19,7×16,9 厚さ1,9mm)であることが解りました。その時計はセイコー(第二精工舎)が最初に手がけた極薄型手巻き腕時計だったのです(私は今だかって一度もその時計のOHをしたことはありませんから記憶にないはずです)。その時計店は30年前にセイコーを沢山売り(当時の時計店は本当に沢山どこでもセイコー・ シチズンを売っていたのです)その時計を優先的に仕入れできたらしいのです。そんな店にとって大切な腕時計を4万円で手放すとは、よっぽどその読者さんの交渉術が上手かったに違い有りません。1991年にカンバックしたCal 6810のセイコー極薄型ドレスウォッチは、そのCal、6800から派生的に生まれた時計です。
1991年のこの復刻版は当初年産400個足らずと聞いております。それほど極薄型は大量生産にむかない商品なのです(この商品は現在も継続して発売中です。SSケースで25万円致します)。ウルトラスリム(超薄型)が最近余り人気がないのは実用的でないためでしょうか。ドラマチックなデザインが可能ですが、余りの薄さで衝撃に弱く、日常生活では安心して使えないからでしょう(ROLEXが人気があるのはケースが堅牢で安心して使えるのも大きなポイントでしょう)。以前に時計の小話で書きましたが、ジャガー・ルクルトの極薄手巻き時計をOHしたとき、あまりの薄さに驚きました。厚さは1,75mmしかなかったのです。セイコーの6810よりもさらに薄かったのです。修理中はものしごく神経を使いました。ちょっと強く地板を押さえると曲がるのではないかという想像を絶する薄さでした(テンプのアームが紙のように薄かった記憶があります)。 そんな薄さにもかかわらず、ちゃんと精度は出たので、さすがジャガー・ルクルトだと感心しきりでした。人間って本当にスゴイ物を作り出せる能力を持っているのですね。


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