■イソザキ時計宝石店■
時計の小話



第161話(日本の時計産業の中心・諏訪地方)

長野県の諏訪地方に時計産業が発達したのにはいろんな理由があります。スイスとよく似た気候風土で、内陸部の寒冷地であった事や、ねばり強くて辛抱強い人柄や、 豪雪地帯で交通の便が非常に悪かった事などにより仕事が少なかった事などがが考えられます(その点では北陸地方も似てるかなと思います)。そして諏訪地方の特産物であった養蚕業が斜陽化し、若く質のいい労働力が余剰気味であった事も幸いしたかもしれません。それにもまして一番の功労者は、何と言っても初代諏訪精工舎(現セイコーエプソン)社長の山崎氏の努力に負うものが多いと思います。スイスと似通った点は多々ありましたが、一点だけ違うのが大きく立ちはだかり、災いしました。それは、湿気(湿度)がスイスと違って非常に多かった、と言う事です。創立当初の諏訪精工舎も、この湿気の多さに、ほとほと弱り、難渋したとの事です。腕時計を組み立てて出荷しても、機械の錆で止まり、苦情が多かったと言う事を聞きました。諏訪精工舎の著名な女性時計技術者・中山きよ子さんは手に汗をかかない事で有名で、彼女が組み立てた腕時計は、錆付かなくてクレームが少なかったと言う事でした(現在ではどの工場も空調設備がしっかりしていてそんな心配は杞憂でしょうが)。 日本は高温多湿のジメジメした気候風土なので、精密機械等にとっては、非常に難敵な土地柄です(そして1年に1回必ず梅雨時がやってきます)。いくら、防水時計で水に浸けなくても、空気中の湿気が時計内部に入り込み、錆を起こさせるという事も充分、考えられます。スイス高級腕時計は、当初「アンクルホゾに注油しない」と言うのが一般的常識でした。
アンクルホゾに注油すると、油の抵抗でアンクル竿の動きが微妙に悪くなり、天府の振り角に影響を及ぼし低下します。 しかし日本では湿度が高い為に、アンクルホゾに油をささないと、ホゾが錆びて停止すると言う故障の原因になったりしたのです(実際そういう事例に多く当りました)。ロレックス等はアンクルホゾに油をささないのが普通でしたが、当店では錆防止のために、アンクルホゾに注油します。 約40年前の腕時計は、真鍮側の金メッキやクロームメッキが多かった為、汗をひどくかく人や日本の湿気の多さの為に、2〜3年でケースが錆だらけになり、極端な場合、緑青がふいて腐食のため小さな穴が開いたこともあったほどでした。10、20気圧防水の腕時計と言えども、水泳したり、サウナに入ったり、車の洗浄の時には、過剰な水圧がかかり水が入らないとも限りません。スキューバーダイビングの時は、万が一水が入っても安価な使い捨て出来る防水クォーツをはめられる方が賢明ではないでしょうか。

第162話(くわばら くわばら)

映画ファンの方なら皆さんご存知の『スティング』という面白い洋画があります。ROLEXデイトナを愛用して人気に火をつけた、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード主演の痛快詐欺師の話です。日本でもこれと同じような詐欺師に遭った時計宝石店があります。一つは、東京銀座の…店の話です。いかにも紳士然とした身なりのよい中年男性が、街の中で見知らぬ若い女性に声をかけました。「私にもあなたと同じ年頃の娘がいます。誕生日が今日なので思い切って何かいい品をプレゼントしようと思っているのですが、若い女性の好みが全くわからないので、仮の私の娘になってイイ指輪を選んでもらえませんか?」と頼みました。親切な若い女性は気持ちよく快諾して、見知らぬ中年男性と有名時計宝石店へ入っていきました。店に入って、その詐欺師は「娘に何かイイ指輪をプレゼントしたいので、お店にあるとっておきの良い品を見せて頂けませんか」と店員に言いました。そこで、その店主は自店にある選り抜きの指輪を何点か取り出し、その詐欺師に見せました。その詐欺師は、その店の自慢のダイヤモンド指輪(5カラット・Dカラー・VVS1クラス・時価数千万円)に心を惹かれたように見せかけ、「天然ダイヤは太陽光線で見ないと本当の美しさはわからないと聞いたので、店先の所へ持って行って見てもいいですか?」と訊ねました。店主は「もちろんいいですよ」と言いました。そして詐欺師は5カラットの指輪を手にして店先に出て、一目散に逃げ去ったのです。店主はビックリして、店に残された娘さんに「お父さんはどこへ行かれたのですか!?」と聞きました。するとその若い女性は「全く見ず知らずの人で、街で声をかけられ、こうこうこういう訳で来たのです」と言ったのです。騙されたと気が付いた店主は110番通報して犯人を捜しましたが、結局その詐欺師は捕まりませんでした(警察の話では、「日本でも珍しい大粒の良質のダイヤなので、換金する時に必ず足がつく」と、店主に慰めていましたが、結局はそのダイヤは海外で処分されたのか、見つからなかったのです)。もう一つは大阪の有名時計宝石店であった話です。育ちが良さそうに見せかけたな中年詐欺師が、獲物の的にした時計宝石店を訪ね、「妻に何かイイプレゼントをしたいので、指輪か高級時計を見せて欲しい」と言いました。そしてその詐欺師は、云十万円相当の指輪を値切りもしないで現金で気持ちよく買って行きました。しばらくして、また店に来店し、自分用の云十万円程の腕時計を、また現金で値引き交渉もしないで買いました(イイお客様だという印象を其の店に植え付けたのです)。そこの店主はいい顧客になると思い、その詐欺師に「お名前と住所をお聞かせ願えませんか」と言いました。するとその詐欺師は「名前と住所を言うと、ダイレクトメールとか訪問販売とかが迷惑なので言わないのです。」と言って帰って行きました。そうこうするうちに、その時計宝石店に電話がかかり、「覚えておられると思いますが、2〜3週間前に指輪と腕時計を買った何某だが、今度定期が満期になったので、妻に大きなプレゼントをしたい。500〜1000万クラスの指輪を家に持ってきて貰えないか」と言ったのです。そこで店主は宝石商社から何10本と委託で1000万クラスの指輪を取り寄せ、家を訪問したのです(その訪ねた家は売り家で、数億円相当の豪邸でした。詐欺師は相棒の女性と結託して、「高価な家を買うのだから1週間位住まして欲しい。住んでみて良かったら買う」と不動産屋に言ってまんまと騙したのです。なかなか高額中古家が売れないご時世ですから、不動産屋は「これはうまく、まとまるかもしれない」と思い、その詐欺師カップルに申し出とうり、1週間の約束で住ませたのです。詐欺師はその家を借りる事に成功し、いかにも長年そこに住んでいるように家財道具を運び入れ、準備万端ととのってから、時計宝石店主を家に呼んだのです)。 店主はその家構えを見てスッカリ安心し、すごいお金持ちだな、と思ったわけです。 早速応接間に入り、持って来た高額指輪を詐欺師に見せました。詐欺師曰く「うちの家内は恥ずかしがりやだから、ここに来るのがイヤと言っているので、の部屋にこの指輪を見せに行ってもいいか」と聞きました。店主は「どうぞどうぞ」と勧めました。そして詐欺師は総額何億円もの指輪を持って奥の部屋へ消えたのです。 しかし、10分待ち、20分待っても戻って来ないので、一抹の不安を覚えた店主は、奥へ様子を窺いに行きました。しかしもう、もぬけの殻でした。この見事な詐欺師も、まだ逮捕されていません。くわばら、くわばら。

第163話(京都の女性からの電話)

8月6日火曜日に京都の若い女性から電話がありました。電話の内容は、小林敏夫先生著『基礎時計読本』を売られていますか?という事でした。小生、時計技術の本は沢山持っていますが、当店では書籍は販売していないので、東京のR書店を紹介しました。少し関心があったので、その若い女性に「これから時計技術を習得されるのですか?」と問いました。
彼女曰く「妹が9月に時計学校へ入学するので、今はその準備でとても繁忙なので、お姉ちゃんこの本、探しておいて、と言われて、ヤフーで検索して、貴店を見つけて電話をかけました。」という話でした。近江時計学校・ヒコみずの時計学校でもなく、何とスイス・ニューシャテルにある、WOSTEP時計学校に入学して、寮に入り、4年間勉学するという事でした。費用も日本の時計学校と比較してあまり差がなかったので、思い切って本場のスイスに行って勉強したいという事でした(授業はフランス語でやるために、前もって語学学校に入って仏語をマスターしたとの事でした。すごい情熱ですね)。若い女性が大きな夢を持って海外へ飛躍していく行動に、私は日本の若い女性のたくましさを垣間見る思いでした。スイスでもそうですが、日本の諏訪セイコー・第二精工舎でも、多くの若い女性が機械時計を組み立て・調整している現場を私は若い時に工場見学をして見ています。ドイツ・グラスヒュッテの高級腕時計メーカー『ランゲ・アンド・ゾーネ』社の従業員287名の内、6割の人が女性であることからも判るように女性には超精密作業が向いているのです。時計技術は根気・器用でさえあれば男女平等に習得できる技術だと思います。逆に言えば、きめ細かなハートの持ち主である女性の方が適している職業と言えるかもしれません。今でもそうですが、数年先には時計修理技術者が足りなくなるのは目に見えてわかっていますので、多くの若い女性達が時計技術習得の扉をたたく事を期待しています。

第164話(クィーンセイコーについて)

石川県のEさんから、1963年製(第二精工舎)のクィーンセイコー(Cal、330 23石)の修理依頼を受けました。中2針で薄型に作られていて地板等は全て金メッキが施されていました。なかなか美しいムーブメントでした。特に驚嘆したのは小型婦人用ムーブであるにもかかわらずヒゲ棒の間のヒゲゼンマイ遊び隙間の調整が、丸型レバーを回す事により簡単に微細な調整が出来るように工夫がされていたこと事です(女性用でこんな完璧な機構をもった機械は今まで見たこともありません)。名機のセイコー45キャリバーもそうですが第二精工舎がいかにヒゲ棒隙間に苦心惨憺し固執・拘泥してきたか窺い知れます。最近何回となくメカ式クレドールの機械を見ましたが、ヒゲ棒隙間調整に対して、昔ほど丁寧な作りがなされていません。おそらく、あのやり方ですと、昔の機械を凌駕するのは難しいのではないかと私見ですがそう思います。若い現役のセイコーインスツルメンツの時計設計技術者の方々に苦言を呈したいのですが、第二精工舎の過去の名機(ロレックスと比較して何ら遜色がないほど素晴らしい機械)をもう一度じっくり見て研究されたらどうでしょうか?(いいお手本の機械が一杯あるのですから、そして井上三郎先生、久保田浩司先生、小牧昭二郎先生、依田和博先生等、最高の先輩がおられるのですから)。Eさんのクィーンセイコーは素人がいじったか?あるいは未熟な職人がいじったためにヒゲゼンマイが滅茶苦茶に壊れていました。このごろ多いのですがアンティーク・ウォッチの修理依頼を受けますと素人の方がいじっているのによく当ります。時計の修理は簡単ではないので素人の方は絶対機械をいじらないようにお願いしたいです。

第165話(カルティエについて)

カルティエと言えばロレックスと並び評される一大時計ブランドメーカーです。世界中で圧倒的なファンを獲得しています。サントス・タンク(戦車の意味)・パシャ・シリーズは人気があり誰もが一度は手にしたいと時計と言われています(舶来衣料業をしている私の長兄はパシャを愛用しています)。カルティエと聞けば胸がジーンと熱くなるファンもいるでしょうし、カルティエ(叉はもう一方の雄、ブルガリ)と聞いても何ら反応しない人もおられると思います。私はどちらかと言えば後者でしょうか。何故かと言えば、デザインは秀逸のものがあるのですが、技術力がありながら、ETA社のムーブメントを多く採用しているからです。高価格で売るカルティエなら、少なくても自前のイイ機械を作って搭載して売るべではないかと思っています。年間生産量は推定40万本前後でしょうか?(ロレックスより少しだけすくないでしょうか)創業は1847年、フランス・パリにて宝石商として始まりました。ゆうに150年の歴史がある重みのあるブランドです。冒険家サントス・デュモンの依頼を受けカルティエ三代目当主ルイ・カルティエが腕時計を開発した話は特に有名でサントス・シリーズのネーミングの根拠はココから来ています。2002年SIHHでカルティエは新機構の手巻き機械式キャリバーを開発・発表しました。18石Cal、9901MCがそれで、二カ国の時刻表示を一つのリューズで出来ると言うコンプリケーションで本当に美しい惚れ惚れする機械です。緩急針を焼入れスティールを採用しC形の青色がひときわ光芒を放っています。ただし、240万円もするとちょっとやそっとでは手が出ませんね。


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