■イソザキ時計宝石店■
時計の小話



第216話(ザラ回し)

落下・衝撃・磁気等による故障や、定期的なオーバーホールの修理依頼受けた時、必ず機械を全てバラすまでに、点検する事項は沢山あります。ヒゲゼンマイの状態はどうなっているのか?天真のホゾのヘタリは無いかどうか?脱進機の作動は正常かどうか?、針・カレンダー・自動巻は正常に作動するかどうか等を大雑把に見ます(私の場合は、洗浄するまでにヒゲゼンマイの調整を予めほとんど仕上げて、組立の段階で再度、精密ヒゲ調整をします)。ムーブメントを全てバラし終わった後、必ず掃除棒と手荒いのハケで洗浄を行い、受石・穴石に付着している古い油を完全に拭い取り、キレイに仕上げます(掃除棒で、受石・穴石の古い油をこすらないで、いきなり超音波洗浄機にかけても古い油はほとんど落ちません)。
超音波洗浄をして各歯車の組立の段階になりますが、ここで一番注意しなければならない要点があります。アンクル・テンプを除いたガンギ車までを地板に組み立てて、角穴車の歯をコハゼに1目盛りだけゼンマイを巻き上げて、スムーズに2番・3番・4番・ガンギ車が抵抗なく回ればまったく問題は無いのですが、10年、20年と機械時計を使用してきますと、このザラ回しがうまくいかない場合が往々にしてあります。時折、注油後、角穴車を半回転してもガンギ車までゼンマイの力が伝わらず、ガンギ車が回転しない場合があります。その原因はゼンマイのヘタリも考えられますが、一番良く見受けられるのは、『歯』の摩耗と、『カナ』の損耗です。穴石に人工ルビーを使用している場合はどうもないのですが、穴石に人工ルビーを使用していないアンティークの腕時計の場合、軸受けが摩耗して、極端な場合『ひょうたん』のような形状になる場合があります。その場合は、歯とカナがつっかかり、ゼンマイを巻いても輪列の歯車は、回転しません。組み立てる段階で、輪列のザラ回しは非常に大切な点検作業であると、痛感する時があります。最近出くわした事ですが、今年の始めにO社の自動巻腕時計のオーバーホールをした人から、時折調子が悪いので、再度見て欲しい、と言われました。購入後4年なので、何が原因なのか預かって見てみましたが、やっぱり腕につけると数時間で止まるのです。全てを分解して一つ一つのパーツを見てみましたが、なかなか、コレという原因が掴めませんでした。 ザラ回しをしてみますと、購入後4年にもかかわらず、角穴車を半回転以上しないと、各輪列の歯車が回らないという事が起きていました。まさか、4年ちょっとでカナが摩耗しているハズは無い!と早合点していた為に、カナの点検をもう一度60倍の双眼顕微鏡で見てみますと、カナが若干損耗している形跡が見受けられました。カナの損耗(歯車の歯が当たることのより起こるキズ)によりゼンマイが十分に巻かれていないときに停止したものでした。
よって、時計材料店より、ETA2892の3番・4番・ガンギ車を取り寄せ、交換してみますとザラ回しが正常に動きました。精密機械の時計にはあってはならない事なのですが、製造段階で部品のムラが多少ともあるという事を痛感した事例です。

第217話(ガンギ車の錆)

M様からスイス高級腕時計ブレゲ・マリーン・ミディアムサイズのオーバーホールの依頼を4月に受けました。機械を取り出してみると、ジャガールクルトCal.889/2が搭載されていました。このムーブメントはJL社が1985年マスターコントロール用に開発した日付表示機能付きの自動巻ムーブメントです。パーツ総数202個、厚さ3.25mm、28,800振動で高精度を発揮する優秀なムーブメントです。この機械を搭載した時計に、有名なIWCのマーク12や、一部のオーディマ・ピゲにも採用されています。分解・洗浄・組立段階になり、ザラ回しをしてみますと、何かひっかかる様な動きをするので、輪列の歯車をルーペで細かく点検をしてみますと、ガンギ車のカナと歯にほんの少しのサビが見つけられました。時計用強力瞬間サビ取り剤『リザーW』でサビ取りをし、再度組立、調整してみますと動いたので、腕にはめて実測してみても何ら異常が無かったので、大丈夫だと確信しお客様にお渡ししましたが、しばらくすると、やはりゼンマイの巻き上げが少ない時に止まるのです。 機械は一度サビますと、完全に100%サビ取りは不可能で、古い時計ならパーツが入手出来ないので、やむを得ず交換しない場合があります。まだこの機械は現役のムーブメントなので、ガンギ車を交換しようとアッチコッチの時計材料店に問い合わせてみました。知人のCMW技師にも頼んでもみましたが、今では輸入元のパーツはコンピューター管理されているために部外者にはなかなか手に入りにくい状態だというのでほとほと弱っておりました。どこの時計材料店からも入手出来るという返事が貰えず、わずか一軒の大阪のT時計材料商店から、スイスオーダーすれば入手出来る可能性があるという返事を頂きました。T商店の親爺さんに頼んでJLのガンギ車をスイスから取り寄せる手配をしていただきました。一ヶ月あまり待って、7月の下旬にようやくスイスから弊店に届きました。丁度その頃、難物の修理をしていたためにブレゲの修理に取りかかるのに、4、5日遅れてしまいました。ようやく難物も修理完了し、サァこれからブレゲをやるぞ、と意気込んでガンギ車をカプセルから取り出してみるとなんと、ガンギ車のアームがサビているでは、ありませんか。スイスからの輸送中か、それとも、丁度高温多湿の日本の夏の時期に4、5日間カプセルの中で放置した為か、どちらが原因かわかりませんが、クレームをT商店に言う訳にもいかず、仕入れ原価12,000円のガンギ車がダメになってしまったのです(それにしても何と高いのでしょうか。ETAの2892-A2のガンギ車なら下代2000円前後で購入できるのに)。やむを得ず断腸の思いで再度スイスオーダーをかけて頂く様に、T商店に頼みました。T商店の親爺さんの言う事には、丁度八月は夏のバカンスで、一ヶ月近くあちらの業者は休むので、納品が遅れることを了承して欲しいと言われ、お客様に迷惑がかかりますが、やむをえず了承し、オーダーをかけて貰いました。 やっと、千秋の思いで今月の初めにスイスから二度目のガンギ車が到着し、ようやく、修理完了しました。順調にいけば、メカ式腕時計の修理は二週間もあれば出来るのですが、超精密機械なので、一度機械が壊れて拗れると、修理完了まで3ヶ月から長い時で、半年もかかる場合があるのです。M様は弊店のお得意様で、修理期間が長かったにも拘わらず信用して頂き、一度も催促や、クレームを言われず、本当に助かりました。

第218話(時計店の業務の変換)

現在の地域一番店の時計店の店頭風景は、若い綺麗どころの女性店員さんが数名おられ、その方々が接客をされている、というのがおおよその繁盛店の店内風景です。そして幹部社員の2〜3名の男性店員さんがまとめ役として、店内に睨みを効かせているというのがほとんどだと思います(時計店の経営者が修理作業をしているなんて考えられない事です。よって本当に時計の事を熟知している時計店経営者が少なくなっているとも言えます)。今から30年〜40年以上前の時計店の風景は、今とはほとんど違った様相を呈していました。9割方の時計店はパパママ店で、夫婦で経営しておられるのが普通でした。腕の器用な店主の店では、親爺さんが一日中キズ見をつけて時計修理に勤しみ、奥さんがいそいそと接客をされていたのが、あたりまえの風景でした。昔の時計店の競争は、品揃えや資本力、立地、店構えという条件が全てではなく、修理が上手いという事が最大の店のキャッチフレーズになり、時計店の親爺さん達は時計技術の向上の為に、みんなが一生懸命努力したものです。その結果、客観的に評価出来る資格を取得しようと皆さんが躍起になったのです。そのころ時計店10店あれば、3割ぐらいの時計店の親爺さんは修理が出来ない人がいたため、その人達は修理で稼ぐ事が出来ない為、店頭販売や訪問販売(外商)に力を入れておられました。現在、地域一番店と言われる店は、ほとんど店主が修理が出来なくて、販売に力を入れた店が大きくなったものと思っています。私が育った滋賀県のN市でも老舗の店が2軒ダメになり、私が子供の頃、とても小さかったお店が今ではダントツの大きな店に成長しています。やはりそのFさんも修理が出来ないために販売に力を入れたために大きくなったのでしょう。腕の良かった器用な時計職人の店は、クォーツ登場以来修理依頼がメッキリ減り、元々腕時計の販売では荒利が少ない為に生活が出来なくなり、メガネ店に業務を変換したり、宝石専門店へと変わっていったのです。その結果、時計店が全国各地で減少していった大きな原因なのです。当店はインターネットのおかげで、修理依頼が全国から来る様になり、30〜40年前の時計店の懐かしい様相になっています。昔は時計店を店外から眺めたら、時計屋の親爺さんが、キズ見をつけて苦虫を噛み締めた様に渋い顔をして修理をしていたものです。当店にご来店になったお客様も、その様な感じを受けられたかもしれません。今日では自店で修理する店はほとんど無く販売のみの店になってしまい、昔ながらの時計店の一種独特の風景が無くなってしまったのは寂しいような気持ちが起きます。

第219話(61グランド・セイコーについて)

精工舎が過去においてグランドセイコーを何種類か生産して来た中で、手巻きのGSの名機はCal.45である事に異論を挟む人はいないと思います。この45キャリバーは、第二精工舎が1968年に生産を開始したものです。再三、小生がこの『時計の小話』で45キャリバーを褒めちぎってきた為に、このGSのアンティーク市場での値上がりが甚だしいという読者の方からのメールを頂いております(その点に関して、これから45キャリバーを入手しょうと思っておられるセイコーファンの方にお詫びいたします)。自動巻のGSの名機と言えば、諏訪精工舎が同じく1968年に開発・発売したCal.6145A(日付付き)6146A(デイデイト付き)でしょう。このムーブメントはムーブ直径が24.0mm、厚さ5.6mm、振動数36,000のハイビートで手巻機構付きでした。この時計のSEIKO技術講習会に後年参加した時、SEIKOの技術者から『ガンギ車とアンクルは、洗いバケを使わずに新鮮な揮発油のみで濯いで下さい。洗浄後は布で拭かずに自然乾燥するように』と言われ、そして『絶対超音波洗浄はしないように』とのアドバイスを受けました。おそらく当時では珍しいエピラム液処理がしてあったのでしょう。また、香箱と香箱フタが完全に固定して密閉してあるので、絶対分解しないようにとも言われておりました。実際香箱フタには「DO NOT OPEN」と黒色印字されておりました。それにも拘わらず、未熟な技術者が無理矢理フタを開けてキズだらけにしている修理に時たまあたります。このGSの精度は、日差−3〜+6秒以内に精度調整されていました。その年の12月に発売された、グランドセイコースペシャル(Cal.6155、6156)は、クロノメーターの検定規格を遙かに凌駕する精度を維持していました。 日差は−3〜+3秒という高精度を維持しておりました。Cal.61系の最高峰が、1969年6月に発売されたCal.6185、6186でしょう。そのグランドセイコーは文字板にV.F.A(Very Fine Adjustedの略)と刻印されていました。おそらくこのグランドセイコーVFAは、スイス天文台コンクールで優秀な成績を収めた中山氏、小池氏、野村氏等の方々が精度調整されたものだと思います。この時計の日差はSEIKO機械式腕時計の社内制度等級4A、という最高度の優れ物でした。日差−2〜+2という精度で、実際の携帯精度は一ヶ月に誤差1分以内のものでした。 セイコーの長いメカ式腕時計の歴史の中で、1968年、1969年は金字塔を打ち立てた記念すべき年でした(世界最初の市販クォーツ腕時計 クォーツアストロンの販売も1969年でした)。SEIKO社は幾多の機械時計を生産してきましたが、精度に関して完成度の最高の機械は、手巻きは『Cal.45』、自動巻は『Cal.61』だったと私は確信しております。

第220話(女性用電池腕時計の登場)

今から30年程前、昭和46年にシチズンが画期的な女性用電池腕時計を発売しました。その時計は、シチズンコスモトロンL「Cal.58」というネーミングで発売されたテンプモーター式の電池腕時計でした。昭和41年にシチズンが紳士用電池腕時計X8(エックスエイト)を発売して以来、女性用がいつ発売されるか誰もが期待し、待ちに待った女性用電池腕時計でした。女性の方は一般的に男性よりも腕の運動量が少なく、女性用自動巻腕時計を購入されても運動量が少ない為に充分にゼンマイが巻かれなくて、明くる日の朝には止まっているというケースが往々にしてありました(何度も何度もそういうクレームに会った記憶があります)。一般的に機械いじりが好きでない女性にとって、手巻きや自動巻腕時計はなかなか使いこなせない腕時計でしたが、水銀電池1.30V、一個で一年間駆動し続ける、このシチズンコスモトロンLの登場は、年輩の女性の方や運動量の少ないオフィスレディの方々に圧倒的な支持を受け、大変良く売れた記憶が鮮明に残っています。 このシチズンコスモトロンLは、市販された腕時計では世界最高の振動数を誇る毎秒12ビート(43,200振動/毎時)の高精度のムーブメントでした。大きさは15.3mm×17.9mm。厚さは4.91mmというコンパクトな設計で、対抗可動磁石型テンプ調速式を採用し、引き磁石を取り付けたインデックス車がテンプの振り石と直接噛み合う方式を取り、従来のテンプ式電池腕時計に見られたアンクルは無くなっていました。部品総数も少なくメンテナンスが非常に易しい電池腕時計でした。付加装置として電源スイッチ・秒針停止装置・微動緩急装置・パラショックが付いていました。当時の女性の人々には、小さな水銀電池一個で一年間休み無く動き続けるこの腕時計は絶賛される程の支持を受けたのです。クォーツの時代になって、机に長い間仕舞いこんでいても、いつも動いているのがあたり前の現代の人々にとっては、非常に理解されにくい事ですが、30年前にこのような、一年間休むこと無く動き続ける電池腕時計の登場は、女性の方々に驚きの目で迎えられたのです。


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