| ■イソザキ時計宝石店■ |
| 時計の小話 |
第236話(日本とスイスの時計産業の位置関係) 2003年度の統計資料によりますと、日本製(セイコー・シチズン・オリエント等)の 腕時計の生産(海外生産を含む)は、腕時計の完成品売上個数では、7921万個、 金額では、1136億円で、1個の単価が1,434円になるそうです。ムーブメントの生産個数は、6億8721万個、金額にして、844億円で、1個のムーブメント単価が約123円になります。(余りにも金額が低いので愕然としてしまいます。)日本の2003年度の機種別腕時計の生産概要(海外生産を含む)、は水晶アナログ腕時計の生産個数は、7億3922万個になり、 金額では、1734億円 になり1個の水晶腕時計の単価が、わすか234円になります。最近、人気がとみに薄れてきた、 水晶デジタル腕時計の生産個数は、2399万個になり、金額ベースでは、161億円になり、デジタル腕時計の1個の単価は675円になります。機械式腕時計は、おそらく中国で大多数を生産しているものと思われますが、321万個を生産しており、金額では、86億円になり、1個の単価は、それでも2,700円にしかなりません。僅かな数量の高級機械式腕時計のほとんどは、日本で生産されているものに 違いありません。世界の腕時計の、総生産量は(完成品・ムーブメントを含む)、約13億個で、日本は約7億個、香港は約3億個、スイスが約1億個、その他諸国 (中国、ロシア、アメリカ、東南アジア)が約2億個になります。スイスの腕時計の生産概要は資料によりますと、機械式腕時計が、2900万個で、 金額では4982億円もの高額な金額になり、1個の単価が、17,180円になります。日本の機械式腕時計の単価に比べて6.3倍もの価格になります。スイス・水晶アナログ腕時計の生産個数は、2500万個で、金額では、3954億円になり、1個の単価は、15,816円になります。日本の水晶アナログ腕時計の単価に比べて67.5倍もの高価格になります。スイスでは機械式腕時計とクォーツ腕時計が拮抗していることがこの数字から 窺いしれます。日本と同じ様にスイスでも水晶デジタル腕時計の生産個数は、減少の一途を たどっており、わずか40万個しか生産されておりません。1個の単価も、9,987円になります。(でも、どの機種でも日本製よりもスイス製の価格が高いのには商品に高付加価値がついているからでしょう。)この上記の情報から読みとれる事は、スイス時計王国が、見事に復活したことを、 如実に表している事を示すと思います。そして、高級機械式腕時計の生産に力を入れ、それと見合う様に、販売数量・金額も、 他国を圧して伸びてきている事を、表しています。スイスの、腕時計の輸出先は、やはり、アメリカ合衆国が第1位で、1400億円、 第2位が、あにはからんや香港で、1300億円。 第3位が、意外にも日本で、935億円。第4位イタリアで、690億円。第5位がフランスで、570億円。 第6位が、ドイツで535億円。第7位がイギリスで、477億円になります。世界の腕時計の金額ベースに占める割合は、スイスがダントツで1位で、おそらく 70%前後を占めている事を考えれば、高級腕時計は、スイス製、という事が 世界中の人々に、再度、強く認識されてきた事を強く思わざるを得ません。クォーツ腕時計が、出現した1970年当初、セイコー製が精度の面で、圧倒的な優位に立ってスイス時計産業を大打撃を与えたものでしたが、今では、消費者のニーズを的確に捉えた、スイス時計産業の洞察力に軍配があがり、さぞかしスイス時計産業に従事している人々は、勝利の美酒に酔いしれているものと、私は推察しております。 第237話(アンティーク・ジラールペルゴの修理について) 先日、例年よりも大雪の為、道路に残雪が残るなか、身なりの良い恰幅のある紳士が 弊店にこられました。小生も滋賀県出身なので、お話をしていたら、関西なまりの言葉だったので 『大阪の方ですか?』と問いましたら、『K市から来ました』と、 おっしゃられました。ご来店の意向を聞きました所、『親戚の方の遺品を形見分けとして頂いたので今日持参した6個のアンティーク腕時計の修理をしてほしい。』との事でした。石川県は温泉地や観光の名所も沢山ある為そのお帰りの途中ですか?と問いました所、『イソザキ時計宝石店に修理を持ってくるだけの目的で、来たのです』 と言われまして、大変恐縮してしまった次第です。4年前に弊店のホームページを立ち上げてから、本当に遠方と言える所から、大切にしておられる腕時計を持って弊店に訪ねてこられる人が多くなり、大変うれしく思う反面、修理依頼が増えて、少し疲労が蓄積している 今日この頃ではあります。K市のH氏が持参された、修理依頼品の中に、目を見張る時計が2〜3点あり、 ここで紹介したいと思います。 ・ジラールペルゴー男性用手巻き角形腕時計・文字板紺色・SSケース ケースNo.9386GA 709 17石 Cal.091-374 この時計は手巻きで、おそらく35年以上の前のものでしたが、 ムーブメントの造りもしっかりしていて OH後、溌剌とした青年に生き返った様に、調子が良く見事に蘇生しました。 とても大切に使われてきたのでしょうか、外見も綺麗で機械もまた美しく 見ているだけで惚れ惚れする手巻きムーブメントです。 ・ジラールペルゴーGYROMATIC腕時計SSケース39石 ケースNo.3109930 39石 78241891は外観はかなり草臥れていましたが この時計の機械も、かつてのGPの実力を十二分に発揮していて、 設計に寸分の狂いもない完璧な薄型の自動巻でした。 こういう時計のオーバーホールをして、完全に停止していた腕時計が再度、 命を与えられテンプが動きだし、正確に時を刻み出すのを見るにつけ、 時計修復師として、この職業になった事を大げさな言い方ですが、 有り難いなと思う瞬間です。 ※上記(2つ)の時計は、修理完了していますので、HP上の『修理実績』で 見る事が出来ますから、ぜひ見ていただきたいと思います。 ・ジラールペルゴー女性用手巻き角形腕時計SSケース Cal.6189 994 ケースNo.8037 0108 17石 も、おそらく45年以上前の代物ですが、ゼンマイが切れていましたが、 なんとかパーツを入手して、修理完了したいと思っております。 (余程のGPファンだったのでしょうね。当時としてはGPを3個 所有しているなんて大変珍しいと思います。 何せ日本ではその頃、オメガ、インターナショナル、ロンジンが 幅を利かせていた時代ですから。) 最近のジラール・ペルゴー社の活躍も素晴らしく、フェラーリとタイアップした、デザインの優れた自前のクロノグラフ・ムーブメントを新規開発して、 素晴らしいデザインの垢抜けした腕時計のシリーズを発売しています。 新規に搭載されたクロノグラフはCal.3080で文字盤側にコラム・ホイールを採用し 特殊な構造をしております。クロノグラフモジュールを自動巻機構と、一体化した本格派で文字盤側に セットした特殊構造のムーブメントの為、直径22.3mm、厚さ6.28mmという 小型化に成功しています。(※ジラールペルゴ関しましては、時計の小話『第27話』でも 取り上げておりますので参照して下さい。 後の3個の修理依頼品は ・オメガ女性用手巻き丸形腕時計GPケース Cal. 620 ムーブNo19120348 17石 これも地板を赤金メッキ仕上げをした、素晴らしい美しいムーブメントです。 Cal.620は1961年に完成して、それ以来あらゆる技術革新を取り入れ 改良に改良されてきたオメガの薄型女性用手巻き腕時計ムーブメントの 名機中の名機です。(ムーブメントの直径18mm、厚さ2.5mm 19800振動) ・チュードル婦人用自動巻き丸形腕時計SSケース Cal.ETA-2555 21石 ケースNo.7576/0 673171 ・DEN−RO婦人用手巻き角形変形腕時計K18ケース Cal.フォンテンメンロン社60 17石 ケースNo.0.750 18K (おそらく推測の域ですが、50年以上も前に、スイスにDEN−ROという商社があり その会社名をブランドにして、日本が輸入した腕時計だと思います。) 修理完了しましたら、これら3点もHP上で紹介する予定でおります。 日本人は時計が好きな民族だと過去に於いて言われてきましたが 本当にそうだなとつくづく思います 第238話(時計洗浄について) 腕時計のオーバーホールをする場合、必ず店・修理工房が設置しなければならない 道具があります。時計旋盤・タイムグラファー・タガネなども勿論そうなのですが、大切なのに 超音波洗浄機がOHする場合の必須の機器になります。昭和30年代の頃は、時計職人は全て刷毛(ハケ)による手洗いを 円形ガラス瓶の中で第一洗浄をし、 仕上げに綺麗な新品の揮発油が入った第二円形ガラス瓶で、洗浄したものです。 昭和40年代に入りますと、独逸ヴェルヴォ社が腕時計専用の回転式洗浄機を開発し、売り出しました。当然、私の父親も時計店を経営していた職人でしたので、 直ぐさまこの回転式洗浄機を購入して、OH作業をしておりました。 (但し、全自動式でないために、手動で次の槽に移転しなければならない煩わしさが あり作業効率が悪かった記憶があります)しばらくすると、同じヴェルヴォ社が、超音波を第二回転洗浄槽に取り入れた、 洗浄能力の高い機器を発売し、資金的に余裕のある時計店は ほとんどこれを買われたものでした。 弊店では、セイコー系の子会社から発売されてた6個の洗浄槽からなる、 富士オートクリーナー超音波洗浄機を使用しております。(これが、またまたしっかり設計されていたのでしょう、長寿命で吃驚しています) 20数年前までは、今では限定的にしか使用されない、発癌性物質トリクレンという 洗浄液を使っていましたが今では、健康上の安全面・及び自然環境への配慮から、 トリクレン洗浄液は一切使用していません。 (昔は掛け時計・置き時計のOHの場合、洗い桶の中にトリクレンを入れて 大きな刷毛で洗浄していましたから今から思うとゾーとしてしまいます。)弊店ではトリクレンもかわりに、 第一回転洗浄槽の中には、揮発油とベルジョン潤滑液(5493-1)とを混ぜ 第二回転洗浄槽の中には、揮発油とベルジョン潤滑液(5493-2)とを混ぜて 使用しています。 第三、四、五回転洗浄槽の中には、上質の揮発油を使用しています。最新のヴェルヴォ社超音波洗浄機は、洗浄槽が三槽からなり、今では、88万円もの 高額機器になっております。 最後の槽はどの洗浄機器も乾燥槽になっており、設定温度が約55度前後に なっているのが普通です。 (以前の機器では乾燥槽の温度調節ができない為にプラスチック素材のパーツが 溶解するという羽目に陥ったりしてガックリした経験が何度かありました。) どの洗浄機もバスケットの中に、分解したパーツを地板・歯車・受石・穴石・バネ等に分けて入れ回転洗浄をします。 そして、バスケットに残っている洗浄液を回転して振り切り、次の洗浄槽へ移り、 最後に熱風乾燥させる槽に入れて、洗浄作業が終わります。注意すべき点は、非常に小さい押さえバネや、各種のバネ類はバスケットの中に 入れた場合、バスケットの網目から外れ出て、紛失してしまう可能性があるため、 受石・押さえ・テンションバネ等はガラス瓶の中に入れて、 手洗い洗浄しかしない方がよい場合もあります。超音波洗浄機の場合は、熱線による温風乾燥ですが、 ハケによる手洗いの場合は、セルベット布による吸い取り乾燥や、 ブロアーによる風振り切り乾燥及び自然乾燥などがあります。 (エピラム液の場合は自然乾燥が一番だと思います。) 他には、ツゲのおがくず(ソーダスト)の中で転がし混ぜて乾燥する方法も ありますが今ではこの方法は廃れてしまいました。 第239話(トランジスタ時計) 今年のお年玉付き年賀はがきの、1等の景品は、『ハワイ旅行』でしたし、 液晶テレビや、ノートPC等色々、魅力的な商品が一杯ありました。お年玉付き年賀はがきは、1949年(昭和24年)12月に第1回が発売されて、 もうすでに50年以上の歴史を刻んできた、日本の年初の挨拶の慣習になっています。昭和24年度の最初のお年玉付き年賀はがきの景品は、 特等が『ミシン』、1等が『純毛洋服地』、2等が『学童グローブ』でした。 2回目の昭和25年度のお年玉付き年賀はがきの景品は、 特等が『タンスまたは写真機』、1等が『自転車』、2等が『腕時計』が 採用されました。 昭和35年度には、特等が『ステレオ』、1等が『洋風掛け布団2枚組』、 2等が『トランジスタ腕時計』が景品として、採用されました。 昭和43年度には、特等がなくなり、1等が『8ミリ撮影機・映写機セット』、 2等が『トランジスタ・ラジオクロック』が景品でした。 昭和51年度は、1等が『折り畳み式自転車』で2等が『腕時計』でした。それ以来、28年間、時計関係の景品はついていません。今から30年以上前の時代には、腕時計や、置き時計・掛け時計は思い切って 買う決意がないと、なかなか手に入れられにくい商品だったのでしょう。昭和46年小生が結婚したときに、父親から、お祝いとして、 『セイコーTTXトランジスタ掛け時計』を貰った記憶があります。 (当時の価格で6.000円位だったと思います。給与5万円の時代です) (他にセイコーにはロングセラーのセイコーソノーラー・トランジスタ掛け時計が ありました) 単1電池一個で、一年以上動き続ける当時としては、 極めて正確な時計で、1月に2〜3分ぐらいしか狂わなかった記憶があります。そのTTXトランジスタ掛時計は、調速機に、テンプとヒゲゼンマイを採用しており、 テンワが二枚あり、テンワのアームに2個永久磁石が張り付けていて、 そのテンワの間にコイルが設置してあり、コイルを通過するテンプ回転運動を するたびにトランジスタが電流の流れを制御する仕組みになっていました。 半分は機械式と言える機構で、一部に、トランス、トランジスタ、コイル等の 電子パーツが使用されていました。当時、普通のゼンマイ式1ケ月巻掛時計の場合、中の機械は文字盤に隠れて ユーザーの方には見られなかったのですが、 この、『セイコーTTXトランジスタ掛け時計』はムーブ一式が透明のカプセルの中に 入っていたために、機械の動きが裏から見れる事により、 お客様に大変人気が出た記憶があります。 (現在のスケルトン腕時計がユーザーの方々に人気があるのも解るような気がします) 他方、シチズンには、『シン・クロック交流電気掛け時計』や シチズントランジスタ時計『ローター』がありましたし コパル社には、『キャスロン』という、爆発的に売れた数字表示の 電気置き時計がありました。 光星舎にも、『テンプ式トランジスタ掛け時計』がありました。 (駆動原理はセイコートランジス掛時計と同じ原理で動く掛時計でした。) リコー時計には、『本打ち式(デインデイト)』掛時計もつくられていました。音叉の振動体を利用した、電子掛時計に、シチズン『エリトロン』と、 ジェコー『芙蓉』『葵』等がありました。 クロックのムーブメントにも色んな変遷がありました。 第240話(エボーシュ・メーカーについて) 私が、この業界に入った35年前には、ETA社のムーブメントを搭載した、 腕時計の修理依頼が来るとハッキリ言ってあまり嬉しくはありませんでした。 当時、ムーブメントを製造するエボーシュ社の中には、 ETA社よりも個人的には、好きな機械を作る会社が他にもたくさんあったからでした。『ア・シ−ルド社』は当時、ユリス・ナルダン、チュードル、ラドーにも 採用される程、優れた自動巻機械を作成していましたし、 『フォンテンメロン社』の婦人用手巻きムーブメント(Cal.60)は、 国産のS社がおそらく手本にしたのではないか?と思われる程、酷似しておりました。 ノモスや限定版フレデリック・コンスタント、エポスに採用されている、 『プゾー社』の名機Cal.7001は、当時からスタンダードな、手巻き機械として有名で、 通算生産個数が100万個を越える程の、ヒットした手巻き機械でした。ETA社に吸収された、『ユニタス社』も、懐中時計のムーブメントCal.6498を 長年製造してきて最近ではエポス社や、エベラール社等に採用され、 リバイバルなヒット・ムーブメントになっております。 スウォッチグループに所属しているETA社は、 『ア・シ−ルド社』、『フォンテンメロン社』、『プゾー社』、『ユニタス社』というスイスを代表するムーブメントメーカーを吸収した以外にも クロノグラフ・メーカーとして著名だった『ヴィーナス社』や『バルジュー社』も 傘下に収め、その優れた技術力を全て吸収して、ETA社の現在は35年前とは 比較出来ない程の技術力の優れた、巨大エボーシュメーカーに成長しました。現在、日本で販売されているスイス時計の、おそらく8割以上はETA社の ムーブメントを搭載した腕時計だと思います。 他に、ETAに吸収されたエボーシュメーカーは 『ヌーベル・ファブリック社』、『デルビ社』、『シェザール社』、 『レニュー・ダロニュー社』、『フルリエ社』『ベニュス・ベルノワーズ社』、 『フェルサ社』、『ア・ミシェル社』、等があります。スウォッチグループの強みは、世界最大規模のムーブメントメーカーETA社を 抱えているのみならず、ヒゲゼンマイ専用メーカー、『ニヴァロックス社』を、 過去に買収して、子会社にしている事だと思います。世界の冠たるR社や、J社も、P社も 『ニヴァロックス社』のヒゲゼンマイを採用している為に、 言葉は悪いかもしれませんが、急所を掴まされている、と言っても 過言では無いと思います。そういう意味から言って、世界の中で100%完璧なマニュファクチュールは 日本のセイコー社、一社だと断言しても、間違いないでしょう。セイコー社はヒゲゼンマイも自作している希有なメーカーで、セイコーインスツルメンツの系列会社SIIマイクロパーツ社でヒゲゼンマイを生産しています。1950年に開発されたヒゲゼンマイ専用の弾性の非常に高い特殊合金(SPRON100)は 炭素・ニッケル・クローム・モリブデン・鉄の合金から成っています。)ですから、国産の日本を代表するセイコー社には、誰彼を遠慮する事なく自前で、 全てが製造出来る技術を持ったメーカーですので、 もっともっと魅力のある機械式腕時計を開発していって欲しいと願っております。 |
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