■イソザキ時計宝石店■
時計の小話



第241話(44GSのOH)

先月末に岐阜県のKさんから、修理依頼を受けた『グランドセイコー手巻き腕時計(Cal.4420 27石 1968年第二精工舎製)』 は当時の木製化粧箱と、グランドセイコー基準合格証明書が添付されて、 送られてきました。 この44GSは1964年に、亀戸工場で開発された、二代目のGS手巻き腕時計で、 ムーブメントのベースは同じ亀戸工場で生産された『クロノス』でした。Kさんは、高校進学のされる時に、父親から新品のこのGSを贈られたそうで、 余程嬉しかったのでしょう、今日まで、大事に保管されていたために、 ケース・証明書が残っていたものと推察しております。 (高校生時代からGSを所有するなんて羨ましい限りでビックリしてしまいます。)GSファンの方には、貴重な資料なので、証明書の記載内容をお教えしたいと思います。
(証明書P1)
最高級腕時計グランドセイコー グランドセイコーは、セイコーが技術の粋を結集し完全なる品質管理のもとに製造した最高級腕時計です。  この時計の高い品質を永く保存するために極めて厳しい検定基準を特に設定し、 これに合格したもののみグランドセイコーの名称を与え、皆様のお手もとにお届けしております。
(証明書P2)
グランドセイコー検定基準は、世界的な高精度の基準等を参考とし、さらに時計を実際に携帯した時の 実用精度に重点をおいて設定されており、この基準に基づいた時計の製品化は最高度の加工・調整技術と 厳格な品質管理の裏付けによってはじめて可能となるものです。
(証明書P3)
<グランドセイコー検定基準> a 5姿勢の平均日差 -3.0〜+6.0 sec b 5姿勢の平均日較差 2.2 sec c 最大日較差 6.0 sec d 水平垂直の差 +-8.0 sec e 最大姿勢偏差 10.0 sec f  第一温度係数 +-0.6 sec g  第二温度係数 +-0.6 sec h 復元差 +-5.0 sec
(証明書P4)
<グランドセイコー試験> グランドセイコー検定基準のそれぞれの項目についてどの様な試験が おこなわれているかを説明いたします。 (1)時計の姿勢及び検査室の温度を変えて15日間、毎日、日差を写真測定します。 イ.最初の10日間は24℃で同じ姿勢を2日ずつ5姿勢でおこないます。 (5姿勢とは時計を6時位置上、3時位置上、9時位置上、文字盤上、 文字盤下にした5種類の状態をさします。)
(証明書P5)
ロ.次の3日間は、文字盤上の状態で4℃、24℃と36℃と3通り温度を変えて、 それぞれ1日ずつ測定します。 ハ.最後の2日間は試験の最初の2日間と同じ姿勢(6時位置上)で、 室温も24℃で測定します。 (2)上記の測定で得た測定値からそれぞれの項目について成績を計算します。 イ.平均日差
(証明書P6)
最初の10日間の日差の平均値です。 ロ.平均日較差 日差は同じ姿勢でも試験した日によって多少変動することがあります。そこで、 ある日測定した日差と翌日同一姿勢で測定した日差の差を日較差といい、 平均日較差は最初の10日間における5姿勢の日較差を平均したものです。 ハ.最大日較差 日較差の最大値です。
(証明書P7)
ニ.水平垂直の差 5姿勢のうち、文字板上(水平)と6時位置上(垂直)の姿勢における各々の2日間の日差の差です。 ホ.最大姿勢偏差 5姿勢の各日差と平均日差との差のうちで最も大きい値をいいます。 ヘ.第一温度係数 4℃と36℃の日差から1℃当りの日差の変化量を計算します。 ト.第二温度係数 24℃と36℃の日差から1℃当りの日差の変化量を計算します。 (時計携帯時に条件をあわせて温度誤差をさらに厳しく管理するために新らたに 取りあげた項目です。) チ.復元差 試験最終日の日差と最初の同じ姿勢の2日間の日差の平均値との差をいいます。
(証明書P8)
<取扱説明書> ■セコンドセッティング(秒針規制装置) この時計には、便利な秒針規制装置がついてます。リュウズを引き出すことにより 針が止まり、時報に合わせて押し込めば、秒針まで正確な時刻に合わせることが できます。 これによって精度の高いこの時計の価値が一層高められています。 ■この時計にはセイコ−独特の3D装置がついています *ダイヤショック(DIASHOCK) おとしてもこわれない耐震装置 *ダイヤフレックス(DIAFLEX) きれない、さびないゼンマイ *ダイヤフィックス(DIAFIX)   いつまでも性能を保つ保油装置
(証明書P9)
■防水性を保つために・・・ この時計は、工場出荷の際に各種の厳しい防水性能検査がおこなわれ、 これに合格したものです。 この優れた防水性能をながく保持するために、以下の点にご留意ください。 *水中ではもちろん水滴のついたままリュウズを回すことはさけてください。 *水につけた場合は、ご使用後水滴をよく拭きとってください。 特に海水につけた場合は清水で塩分を洗い落とすことが必要です。 ※防水性を長期間保持するために、1〜2年目毎にガラス、リュウズ、 パッキングなど防水時計専用部品の交換をおすすめします。 部品交換の際には”SEIKOの純正部品”とご指定ください。 と記載されていました。
同じ頃、石川県のTさんからGSハイ・ビート(10振動)自動巻 『Cal,6145A 25石 1969年諏訪精工舎製 社内精度等級2A 日差-3〜+6』 のOHを依頼されました。 両方のGS共、過去において何回か他の方が修理している為、ヒゲゼンマイが 大きく変形しておりました。理論に乗っ取ってほぼ完璧に修復した結果、 両方のGS共、30数年前の新品当時の精度が復活しました。 ※このGSのヒゲゼンマイの修正に根をつめて長い時間作業にあたった為に 神経が疲労困憊し体調を崩してしまいました。 ここ10日間仕事をやむえず休憩してしまいました。 OH・修理お預かりしている皆様に修理完了が少し遅れることをお詫びいたします。

第242話(メーカー修理対応について)

1970年当初、水晶腕時計が発売された頃には、 水晶腕時計のオーバーホールの修理対応は、難解な設計・組立作業の為に 一般小売り時計店では出来ないだろうとメーカー側が判断し、 メーカー修理一本のみに、なっておりました。しばらくの間は、各メーカーのサービスセンターのみで、 オーバーホールの対応が全て賄われていたのですが、クォーツ腕時計が、 手の届く低価格帯(当時の商品代金で2〜3万円)になってきますと、 定期的なOHやその他のなんらかの原因による故障への、修理・対応が メーカーのサービスセンターのみではとても対応出来なくなり、メーカー主催の『クォーツ腕時計技術講習会』がセイコーでは全国の主要都市各地で 延べ三日間の内容で何回か行われ,またシチズンでは神奈川県の藤沢市の シチズン技術研究所で五日間、行われる様になりました。 (小生は、シチズンクォーツの講習会は昭和50年2月3日〜7日にかけて受講し 講師はかの有名なシチズン製造部設計課の岩沢 央氏ら4人の諸先生でした。 セイコークォーツの講習会は昭和55年2月20日〜22日にかけて 大阪市で受講しました。) その講習会に参加して技術講習を修了した人のみ、『クォーツ技術講習済認定店制度』が取られ、その修了証書を、持っている技術者のいる店には、 水晶腕時計のパーツ・工具が支給されオーバーホール及び 修理が出来るようになりました。 30年前の時計小売店は、今とは全く違って、技術レベルの非常に高い時計店主が 全国で数多くおられ、その認定店制度は、大いに力を発揮しメーカー側も 助かったものでした。最近、千葉県の方から最高級GS(9S51−0020)のOHの依頼を受けました。 メール・マガジン読者のお方で、どうしても小生に愛用のGSを OHして頂きたいとのメールがありました。 腕時計を受け取ってみて、ムーブメントを見てみましたら、ローター(自動巻錘)を 取り外すのに、GS専用工具が必要な事が、解りました。現行のGSの修理はグランドセイコー・サービスステーション(略称GSSS)が 一手に引き受けていることが、わかっていましたので、東京のGSSSに電話して、 責任者のK所長に代わってもらい、GS専用工具を弊店にわけて頂く事は出来ないか?と頼みました。 K所長は『自分一人の判断では答えが見いだせないので、一週間待って頂きたい』 との事でした。一週間後、GSSSのK所長から電話がかかり、 『GSSSのK代表、東日本営業部名古屋営業所長・O氏と相談の結果、 工具をお譲りする事は出来ないという結論になりました。』との連絡を受けました。 今まで、GSSSが修理を断ってきた、過去の名機のGSの修理を何十回となく 直してきた小生としては、その答えに、はいそうですかと、引き下がる訳にもいかず、 『弊店のHPの修理実績等をよく見てから再度、考慮して、 返答していただきたいです』と申し込み致しました。しばらくしてから、K所長から、電話がかかり 『SC推進部主幹・A部長、 東日本統括部長・H氏と三者会談の結果、 GS専用工具は残念ながら今回はお渡し出来ないという、最終結論になりました。』 という返事を頂きました。現行のGSの販売個数が少ない時には、GSSSで全てが賄えるものと思いますが、 今後、販売数量が増えて、OHの依頼が急激に伸びた場合、GSSSだけでは、 とても全て賄いきれないのは、目に見えて解っている事だと私は思っております。 その時になって、あわててクォーツの時の様に、全国各地にGS技術講習会を開いて、 認定店制度を設けるのか、どうなるのか、しばらく様子を見守りたいと 思っております。GSSSのK所長の言い分にも解らない訳ではありません。 小生にGS専用工具を用立てした場合、他の時計店からも、 GSの専用工具を譲って欲しい、というケースも考えられ、 その場合その時計店がある一定レベルの技術者がいる店の場合、問題が無いのですが、 未熟な技術の店からの、工具の斡旋依頼を断る事が、出来ない、との話でした。 (GSSSにはある一定の基準をクリアした技術者が修理対応するので 安心な面はあると思いますが。)小生もGS・KSを今まで数え切れない程、OH修理をしてきて、 初心者の人が、このセイコーの最高峰の機械をいじったりしたのでしょうか?、 ヒゲゼンマイを大きく変形させて壊しているのに沢山あたって、 大変苦労した経験が余りにも多いので、K所長の言い分にも、 一理があると思った次第です。 (GSSS側も言っていましたが酷い修理作業をしたGSを何回も 見ているとのことでした。) 弊店では、将来の現行GSのOH依頼の為に、なんとかこのローター外しの工具を 自作して、間に合わせたいと思っています。

第243話(バネ棒)

時計ケースと、時計バンドを取り付ける方法に、バネ棒方式、ネジ止め式、 ピン&パイプ方式という三つのやり方があります。今日はバネ棒方式について述べてみたいと思います。 時計ケースの4つの足(ラグ)に、0.8mm前後の穴が掘ってあり、 そこにバネ棒を埋め込んでバンドを取り付けたり、外したりするのです。 (大きくわけて2種類の形のバネ棒があります) 10〜15年メンテナンスをしないで、使用しつづけていると、バネ棒先端部が、 サビ朽ちて、ケースの足に埋め込まれたまま付着し、メタルバンドが 取り外せない時が、時折あります。OH依頼の時は、ケース及び時計メタルバンドも洗浄しなければならない為、 時計バンドを取り外すとき、サビている場合、無理をして、工具でバネ棒を 外そうとすると、バネ棒先端部分がケースの足に埋め込まれたまま折れてしまう時が あるのです。 そうなると、大変で、ラグの穴の直径に合わせた、錐を別作して、 穴堀り作業をせざるを得ません。時計ケースが、昔の柔らかい真鍮製ケースの場合は上手くいくのですが、 ケースが硬いSS製の時は、穴堀り作業に、大変な苦労と時間がかかります。 ロレックス社のバネ棒は、腕時計メーカーの中で一番、頑丈に出来ているのですが、 その為に、ユーザーの方が安心しきって、20〜30年もバネ棒を交換しないで 使用している場合があります。 その場合もよくあることなのですが、ラグと曲管を取り外すときにバネ棒の先端が、 サビて折れ込んでしまうケースが、良く見受けられます。 (また曲管の中にあるパイプとバネ棒が錆びて離れない場合もあり大変です。)最近のロレックスのケースは、その穴が、かつての様に、ラグを突き破っている穴で 無い為に、折れ込んだら大変なので、定期的にバネ棒の交換をお勧めします。 (かつてのロレックスのケースは、ラグのバネ棒の穴が、貫通していた為に 万が一折れ込んでも、簡単に抜き出せる事が出来たのです。)IWCは機種にもよるのですがバネ棒はどちらかと言えば細く華奢に仕上げています。 オメガはロレックス程ではないのですが堅牢に作られています。 (バネ棒一つとっても各時計会社のこだわりがあるのです。) 30〜40年以上前の時計のバネ棒では特殊な方式がありました。 ケースの足に凸のような突起がありバネ棒が両端とも凹のような形をした物があり 初心者の方がうっかりして強く外そうとするとケースの足の凸状の金具が 折れてしまう時がありました。 そうなったらまた修理するのも大変で助け船を出して困惑したものでした

第244話(婦人用IWCマークXII)

読者の方から、IWC・マーク12レディス自動巻腕時計のOHの依頼を受けました。紳士用のマーク12はジャガールクルト製のCal.884(36石)が 搭載されていましたが、婦人用のマーク12もジャガールクルト製の Cal.964(31石)が搭載されていました。このムーブメント(Cal.964)は、マスター・レディ用に開発された カレンダー付き自動巻ムーブメントで、28800振動です。 1995年に市場に登場し、自動巻ながら、厚さは3.95mmに抑えられ パーツ総数は226個ありました。ジャガールクルトのムーブメントはIWCだけではなく、オーディマ・ピゲ、 ブレゲ等のスイス高級腕時計にも採用されている非常に精度の出る 高級ムーブメントです。 いつもジャガールクルトのムーブメントのOHをする時に、 思い起こすことがあります。 ロレックスのムーブメントは、戦国武将で例えるなら、合理性と完全主義の 織田信長を彷彿とさせます。 一方、ジャガールクルトのムーブメントは、繊細で知的な感じがして、 明智光秀を思い浮かべる細やかな神経の様な感じがしています。 (質実剛健な社風のIWCには地味で堅実で忍耐強い徳川家康が マッチするような気がします。)機械腕時計の隆盛と共に、ジャガールクルトの新製品の開発ラッシュも、勢いがあり、最近では、『マスター・エイトデイズ』、『マスター・パーペチュアル』、 『マスター・ジオグラフィーク』、『マスター・コンプレッサー・メモボックス』等を売り出しております。マーク12(紳士用)のCal.884のOHをする時に、いつも懸念を抱く箇所が 一カ所だけあります。 (姉妹ムーブメントのハイグレードのCal.889もそうですが) 緩急針は微細調整スクリューが取り付けられており、日差の調整等は、 すこぶる簡単明瞭に出来るのですが、ヒゲ受けとヒゲ棒の隙間の点がどうしても、 気になる所があります。ヒゲ棒がヒゲ受けに狭く平行に立っていれば問題は無いのですが、 ヒゲ棒の根本が、ヒゲ受けよりも少し離れた所に、取り付け(カシメ)てある為に、 先端にいくにしたがって隙間が少なくなるように傾むかせているのです。この様な状態ですと、ヒゲゼンマイが片アタリの時はあまり影響は受けないのですが、 高級精度調整のヒゲ両アタリにした場合、 文字板上と文字板下とでは、日差に多少、差が出るのです。 その理由は、ヒゲ受けとヒゲ棒間の遊びの差が、平行で無い為に文字板上下で 差が大きくなり、文字板上の状態では、文字板下の状態よりもアソビが 大きくなり若干『遅れ』の兆候が出てしまうからです。 (天真のホゾの上下のアガキの存在の為、どうしても起きてしまいます。)高級腕時計を生産し続けてきたジャガールクルト社が、 何故にヒゲ棒とヒゲ受けを平行にせずに、敢えて斜めに傾けているのか? 今だに私にとっては大きな謎です。Cal.884もCal.964もヒゲ棒が、太めにしてある為に、 段差をつけて平行にする様に無理して曲げると根元から折れてしまう為に、 小生は紳士用はヒゲ棒が傾いていても仕方なく極少ない両アタリにして調整し、 婦人用は片アタリにしたりして調整する場合もあります。 精度調整も当然、文字板上を最重要視して調整します。

第245話(ハミルトン腕時計について)

先月から、弊店でハミルトン腕時計を正規取り扱いする事を スウォッチ・グループ・ジャパンと契約しました。 送られてきたハミルトン腕時計はどれもデザインが秀逸で価格も割安感があり 取引して良かったと安堵しました。 特にさすが世界一の時計会社であるからでしょうか?箱・付属品・保証書等が キレイに作られていてお買い上げ頂いた方にきっと満足感をあたえるものと 確信しました。 (時計店への委託貸し出し業務を全くしていないためでしょうか、 ケース・バンド等に微塵もキズが付いていなくて安心して仕入れが出来ました。)特にハミルトン・クロノグラフ 『マウントバーノン』は何処にもない押し出しの強いデザインで 『カーキ』と共に若人に人気を集めそうです。急に、ハミルトンを弊店で販売しよう、と思いついたのは、アメリカ在住の知人、 遠藤勉氏からの電話でハミルトンという会社が、100年以上も前の時代に、 その当時では、とても精度の良い鉄道懐中時計(レイルウェイ・スペシャル)を 製造していて、アメリカ鉄道網建設に陰の支えとなった、という事を知ったからです。遠藤勉氏もハミルトンを沢山、修理していつも良い時計なので感心しているとの 事でした。 小生が、この業界に入った頃、ハミルトン製の電気腕時計 Cal.500 (12石 18000振動)の修理を時折した記憶があります。この時計は、1957年に発売され『ベンチュラ』とネーミングされ、 当時としては、独創的なテクノロジーと人目を引き寄せるスタイリングで時計史上、 偉大な足跡を残しました。 この電気腕時計は、永久磁石とコイルと接点によって作動し、 1.55Vの電池で、14ケ月間休みなく動き続けるという当時の時代背景からは、 想像だにしない画期的なエレクトリック腕時計でした。(現行の『ベンチュラ』)は 当時そのままのデザインを踏襲していて未だに新鮮な感じを与えるのに 驚きを感じます)アンティーク・ハミルトン手巻き腕時計をオーバーホールするたびに驚かされる事が あります。 ロレックスと同じようにブレゲ巻き上げヒゲを多く採用していた事です。 いかにハミルトン時計会社が精度追求に本気になっていたかが 計り知れるというものです。 (特に角形のムーブメントに優れたものがあったようです。)ハミルトン時計会社は、1892年にアメリカ合衆国ペンシルバニア州ランカスターに 創立した、伝統のある時計会社でベンラス、ブローバ、エルジン、タイメックス、 と共にアメリカ発祥の時計メーカーとして名を残しています。 (余談ですがペンシルバニア州と言えばカレッジ・アメ・フットで強豪チームで有名なペン・ステイト大学がある東部の州です。 PGAの全米オープンで2回も優勝したシニア・ゴルフの賞金王、H・アーウィンは ペン・ステイト大学でクォーターバックをしていたと聞いたことがあります。)1940年代の第二次世界大戦の頃、アメリカ政府の要請を受けて、ミリタリーウォッチを全社を挙げて生産する事に傾注し、100万個以上の軍用腕時計を生産した事は 生産工程が非常に効率の良い、システムを構築していたものと思います。 おそらく、ダグラス戦闘機、B29爆撃機等のパイロット達も ハミルトンを腕につけて、大空に飛び立っていたに違いありません。


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