■イソザキ時計宝石店■
時計の小話



第281話(プロへの厳しい道)

アマチュアとプロとの世界の中で、歴然と力量に差があるものに 将棋と相撲の世界が挙げられています。 学生横綱という名誉を勝ち得ても、プロの相撲の世界に入った途端、 幕下付け出しでデビューする事になります。 給与が貰える十両の関取集には、一般的に歯が立たないのが普通だと言われています。将棋の世界では、プロになる為には、東西の奨励会に入門して、切磋琢磨して 技量を磨き上げ、四段になって初めてプロとして世間に認められる事になります。 (加藤一二三元名人、谷川浩司現棋王、羽生善治現王位は十代半ばで プロ棋士になっている事実は前代未聞の快挙と言えそうです。)奨励会の二段は、都道府県のアマチュア名人クラスの力量を持っていますが、 そこから二段上のプロ四段になるのには、誰もが簡単になれる訳ではありません。 ごく選ばれた人にのみにしかなれないのです。 幼くして将棋の天賦の才能を持ち得たとしても、二段になるまでは、 ある程度行ける人が多いらしいのですが、そこから四段のプロになるには、 並大抵の努力や研鑽を費やしなければ達成出来ない、と言われております。 (アマチュアで有名な強豪の将棋愛好家でさえトップ・プロには大駒1枚・角を 落としてもらわないと対等には戦えない程です。 それ程プロとアマチュアには歴然と大きな差があるのです。)神武以来の天才と謳われた加藤一二三九段(元名人)でさえ、名人位を 奪取するには、相当な幾星霜が必要とされました。 (加藤一二三九段は過去の対戦した棋譜をほとんど記憶されていて その超人的な記憶力に驚いてしまいます。 1時間の考慮時間で100手先、200手先を読まれるのですからその思索力・判断力には 天才と一言では言い表せないすごい潜在能力を持っておられるのでしょう。NHK将棋早指し選手権で何回も優勝しておられる加藤一二三九段は 持ち時間が10秒を切ってから素速く妙手を指される明晰な頭脳を持って おられることにも驚愕しています) また『兄貴達はバカだからT大学に行った』と言って物議を醸した、 米長邦雄永世棋聖でさえ、加藤一二三九段と同じように名人位を奪取するには かなりの年月を必要としました。 世間から、当代一流のプロと言われる人達は、充分な才能を持ち得ても、 並大抵の想像を絶する努力や研鑽を積み上げたからこそ その地位を勝ち得たものと思います。時計職人の世界に於いても、世間からプロとして認められるには、 各々時計職人が目標や夢を設定してそれを、達成するべく、日々の作業に努力を 打ち込まなくてはならない、と思います。 特に、作業をする上で、『これでいいや』と中途半端な自己満足をしてしまえば、 その職人の腕前は一向に向上するものではありません。 手抜きをしない、妥協しない、トコトン自分の満足出来るまで作業をするという、 心構えが毎日、毎日必要だと思います。時計修理技能士試験や、CMW試験を合格するのは、あくまでもプロの世界に入った、 という自覚以外の何物でも無いはずです。 将棋の世界で言えば、技能試験に合格した時点で、初めて四段になれた、 というものだと思います。 近江時計学校や、ヒコミズノ時計学校の卒業時点では、将棋の世界で言えば、 二段に相当するものと思いますのでさらに研鑽を積み上げて、四段になるべく、 努力をして頂けたらと思っています。 (最終目標はやはり井上信夫先生、菅波錦平先生等の時計職人九段クラスに なって欲しいと思います。)世の中には、各分野に於いて、想像を絶する技能を持った職人がいるという事を 念頭に入れて、技能職のレベルアップの為に若い人達の時計職人さんには 今後更に一層、頑張って頂きたいと思っています。 各自の努力によって時計職人の全体の技術レベルが上がれば 機械式時計を愛する人々はますます増えていくものと思っています。

第282話(アンクル爪・注油)

先日、ある時計メーカーの現行品の女性用自動巻腕時計のオーバーホールをしました。 ムーブメントを分解する過程で、文字盤側地板にアンクル爪に注油する時に必要な穴が 2個開いていないので、ビックリしました。 今まで、35年間近く、腕時計の修理をしてきて、アンクル爪注油する為の 地板に穴が開いていない腕時計を修理したことは一度も無かったからです。アンクル爪の注油は、注油作業の中で一番難しい作業です。 アンクル爪に上手に油を注されているか、注されていないかで腕時計の調子は 随分変わってきます。 特に顕著なのが、アンティーク腕時計の場合がそうです。 テンプ振角でも、上手く注されているかいないかで45度以上の差が 出る場合もある程です。 アンクル爪注油用の穴が開いていない場合、 メーカーの技術員の人達はどのような作業で油を注しているのか? 一度聞いてみたい気がします。想像するにつけ、組み立てる前に、アンクル入爪と出爪に少量のアンクル油を 塗布して、組み立てる方法が、考えられますが、これとて、非常に難しい作業だと 言わざるをえません。 どんなに慎重を期しても、ガンギの歯の衝撃面以外のガンギ歯の足 (イタリア半島に似た形状)にアンクル油がついてしまい、 歯の根元の方に流れ込んでしまう可能性もあるからです。もうひとつの方法は、アンクル受けを組み立ててから出爪の方から、 油を注す場合ですが、これとて、日ノ裏側から注す場合と違って、 非常に難しい作業だと言えます。 アンクル注油用の穴2つを製造工程から、省いたことによって、 注油作業が非常に難易度が高まっている為に、時計職人にとって 手こずらせる腕時計です。 この腕時計のOH後、この時計の名古屋支店所長が来店された時に、 この点を指摘して、設計課に改善を求めるように、進言しました。アンクル注油は、非常に大切な作業で、ロレックス社はそれを十分に 認識しているためでしょうか、 ロレックス腕時計ほど、アンクル注油作業がし易い腕時計は、ありません。 セイコー社もどちらかと言うと、作業がし易いのですが、 一部の機種に穴が2つ開いていても、出爪側からしか注油が出来ないタイプがあります。 (輪列の歯が邪魔をして入爪側から注油出来ないタイプもあるからです。) その時は万遍に油がガンギの衝撃面に塗布される様に、大変な神経を使います。8振動以上のハイ・ビートの場合、ガンギ車とアンクル爪石をエピラム液処理を するために、適切なアンクル油を注油することが簡単と言えますが、 ロー・ビートの場合、エピラム液処理をしないために、 アンクル油がガンギの歯の足の方に流れ込まない様に、 少量づつ3、4回に分けて注油します。

第283話(ロレックスの秘密主義)

ロレックスの創業者、ハンス・ウィスドルフ(1881〜1960)氏が 会社を立ち上げてから、今年が創業100年になる記念的な年です。 (幼くして両親を失った苦労人ハンス・ウィスドルフは時計職人ではなく 時計商人として成功した人物です。 当時、すぐれたムーブメントメーカー、エグラー社と取引を開始した事が その後の大きな飛躍に繋がりました。)情報非公開の秘密主義のロレックス社が、今年どんな100周年記念モデルを出すのか? 全く、見当がつきません。 何かしらのリバイバル・モデルを復活させるのではないか、と期待し憶測しています。 スイスの数ある、時計メーカーでは、どちらかと言えば後発時計会社と 言えなくも無いと思いますが、僅か100年で名実共に、世界のトップに君臨したのは 創業者ハンス・ウィスドルフ氏の経営哲学が、脈々と受け継がれていった からに違いありません。ロレックス社が、工場等の生産ラインを全くマスコミ等に見学させない原因は、 いろんな事が考えられますが、一番大きな理由は、あくまで推測ですがメカ式で、 クロノメーター合格品を100万個前後、毎年造り続ける生産能力でしょうか? 恐らく、一日当たり、4000個に近い数のクロノメーターを生産する事は、 驚異的な事と言わざるを得ません。 よって、他社時計メーカーに高精度機械式腕時計を多数製造出来る、 効率の良い生産現場を見せる訳にはいかないものと思います。 (それ以前にムーブメントの造りが組み立てやすく高精度が出るように 設計されているのも大きな要点ではあります。)世界中の時計ファンなら、スポーツ・ウォッチなら誰もが、まず脳裏に浮かぶのは、 ロレックスのブランドだと思います。 それ程までに、世界中の人々にロレックスは、頑丈で正確で耐久性の良い時計として 知られています。 最近、ロレックス社が秘密主義である事を顕著に示している事に出会いました。ROLEX 婦人用デイトジャスト・Ref.79173  Cal.2235 31石のムーブメントは、 紳士用Cal.3135を小型化・薄型化した現時点での、最高レベルのレディスの 自動巻ムーブメントだと思います。 それまでの、レディス用のムーブメントはCal.2030 28石、Cal.2135 29石の 平ヒゲゼンマイ採用のムーブメントでしたが、 四年前後前から、巻き上げヒゲ採用のCal.2235を新規に採用しています。 当然、組立調整作業は、難しくなるはずなのに、あえて精度を追求せんが為に、 女性用に巻き上げヒゲのテンプを搭載した事は、画期的な事ではないか、と思います。普通の時計メーカーならこの事を大々的に宣伝して、販売するのが普通だと 思われるのですが、ロレックス社はこの事を、今までほとんど、 おおっぴらにしないで来た事は、ロレックス社の会社の姿勢を如実に表していると 思います。 消費者・ユーザーに迎合する事無く、あくまで情報を公開しないで、 完璧な自信のある商品をその都度その都度、送り届けるロレックス社の精神は 見事であるとしか、言いようがありません。最近、和歌山県のO様から修理依頼を受けた、 セイコー婦人用自動巻腕時計 Cal.2205A 17石(1975年第二精工舎製、精度等級LD、日差-35〜+55、28,800振動の ハイ・ビート)は、30年前に製造されたものですが、当時は、新入学の高校生相手に 造られたジョイフル女性用腕時計でした。 今から思えば、高校生には、勿体ないムーブメントが搭載されていました。 この時計を、オーバーホールしてヒゲゼンマイを調整しましたら、 クロノメーター級の精度が出て、当時の第二精工舎の技術レベルの高さに改めて、 驚いた次第です。 このようなムーブメントを現在、製造したらゆうに15万円以上はかかる物かも 知れません。

第284話(モバードについて No、2)

今月2月3日、栄光時計(株)の時計・宝飾の展示会が 大阪国際会議場(グランキューブ大阪10F)で行われました。 栄光時計と言えば、かつてセイコーの卸商として、東の(株)山田時計店と 並び賞される程の大きな販売網を持った西の横綱で栄華栄耀を極めた時計卸商です。 (現在では栄光時計(株)は取り扱い品目が沢山になり、ロレックス、モバード、 セクター、シャリオール、サントノーレ、ロンジン、ラドー、ボーム&メルシエ、 レビュートーメン、コンコルド、コーチ等の卸業務をしています。)小生の父はセイコー腕時計を(株)服部時計店、太陽興業(株)、栄光時計(株)、 三社から仕入れていました。 それほど当時は腕時計と言えば、セイコー社の知名度がダントツに高く、 セイコーブランドを名指しで買いに来られるお客様が 八割近く占めておられたので、どうしても在庫切れを防ぐ意味で 複数のセイコー取り扱い卸店と取引する必要があったのです。 小生の店は、創業以来セイコー腕時計が、あまり沢山売れなかったので、 栄光時計(株)とは、長い間ご縁が無く、取引きがありませんでした。現在、セイコーの卸商は、全て消滅しセイコー社が各時計店に直販するシステムを していますので、 小生の店も、セイコー腕時計は、卸商を通じずに、直にメーカーから仕入れています。 この度、栄光時計(株)マネージャーのK氏から、展示会の招待状が届き、 以前から栄光時計(株)が日本総代理店をしている『モバード』に関心があったので、 妻と一緒に大阪まで出かけていきました。 当日は、雪が降る天候が悪い日でしたが、滋賀県の湖北を過ぎた当たりから、 降雪が全く見かけられなくなり、日本の表日本と裏日本の冬の景色の落差に、 いつもながら、驚きました。 それにしても琵琶湖・湖北の雪景色は奇麗で 車窓から見える冬景色に心が洗われるような気がしてきます。『モバード』については、時計の小話(94話)に書いています。 モバードは、1881年に、スイス、ラ・ショー・ド・フォンで設立された 老舗の時計製造会社です。 モバードとは、エスペラント語で、『弛まぬ前進』を意味する言葉で、 その名前に相応しい企業活動をしてきた時計会社と言えます。 創業以来、モバード社はクロノグラフ、トリプルカレンダー等を自社開発の ムーブメントを搭載して、販売する程の高度な技術力を持ったスイスの 名門時計会社でした。ゼニス・エルプリメロもモバード社と共同開発して生まれてきた腕時計です。 現在でも、モバードのフラグシップと言える腕時計『ミュージアム・ウォッチ』は、 1961年ドイツから、興ったデザイン運動『バウハウス』の影響を受けた デザイナー、『ネイサン・ジョージ・ホーウィット』氏を採用して、 名作『ミュージアム・ウォッチ』が、完成したのです。 今まで、クォーツ式がメインであった為、弊店は、取り扱いに躊躇していましたが、 この度、メカ式自動巻の『ミュージアム・オートマチック』が市場に出てきた為に、 取り扱いする事に決め、10本余り仕入れて来ました。いつも見ても斬新でシンプルなこのデザインは飽きの来ない美しい腕時計です。 元来、私はユニバーサルを愛用してきた様に、薄型腕時計が好きなので、 モバードにも以前よりおおきな興味が沸き、弊店でも取り扱って時計の好きな方に 紹介したいと、思っていました。 今、愛用しているノモスも『バウハウス』の影響を少なからず受けた腕時計で モバードに一脈通じる所があります。

第285話(オメガ・シーマスターNo、4)

オメガシーマスターにクォーツムーブメントを搭載された腕時計は、 1973年に発売されました。 完全な、自社生産マニュファクチュールのCal.1310で、 非常に美しいクォーツムーブメントでした。 当時の高級機械式腕時計が、日差+-10秒前後の誤差があるのが普通でしたが、 このオメガシーマスター・クォーツは32Khzの高振動数で、 月差+-5秒以内という超高精度を保持していました。当時のセイコー・クォーツのムーブメントは、どちらかと言えば 無骨な感じがしないでもないのですが、このオメガ・クォーツムーブメントは、 機械式ムーブメントの造りの良さを伝承した、芸術的な造り映えになっていました。オメガシーマスター・クォーツには、その後、Cal.1320,1332,1337,1342,1430等の クォーツムーブメントが開発されていきましたが、今日のオメガシーマスター・ クォーツには、ETAクォーツムーブメントCal.1435,1437,1438.1441等が 搭載されています。1976年に新登場した、オメガシーマスター・クォーツ・マリーナは、 今までにない斬新で、重厚な四角張ったケースが特徴で、 今までに無いデザインのせいか、新しいシーマスターファンを獲得しました。 このデザインは、リバイバルとして、復活させてもかなりの人気を 博するのではないか?と思っています。 シーマスター・クォーツ・マリーナシリーズは、マリーナ2、マリーナ3と続き、 オメガファンの人々にとっては、垂涎の的になったものでした。Cal.1337を搭載した、オメガシーマスター・デイト付きクォーツは、 閉息潜水(素潜り)で、世界記録を樹立したあの伝説的なフランス人ダイバー、 ジャック・マイヨールが、腕につけていた時計として有名です。 彼は、このオメガシマースター120mクォーツを腕にして、 1981年11月4日に、エルバ島沖で水深101mに到達したのです。 (最愛の友人イルカ・クラウンの遊泳法を学ぶことによって、 この記録は生まれたと言われています。)オメガ社とジャック・マイヨールは、その後深い関係に結びつき、 今日『オメガシーマスター・アブネア・マイヨール』が発売されています。 この腕時計は、ジャック・マイヨールの、アイディアを受け、 合計14分まで計測可能なアブネアカウンターの7つの円が、 文字板上半分に設置されているのが特徴で、 素潜りダイバーの人達にとっては必須のアイテムになっているものです。メカ式シーマスターからオメガシーマスター・クォーツに移行しつつあった 1970年代以降もオメガシーマスターはよく売れていき、 今日のスポーツウォッチの代表格としてロレックスと共に並び表されています。 それにしても世界中の若人をどれだけ魅了し虜にしたかはその後の両社の発展を 見れば顕かです。


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