■イソザキ時計宝石店■
続・時計の小話



第11話(チュードル)

ロレックスのディフュージョンブランド(普及セカンドブランド)として有名な 腕時計がチュードルである事は、読者の皆様なら既にご存じの事だと思います。 残念ながら、チュードルの日本総輸入元代理店が存在しないので、 なかなか気に入ったチュードルを入手する事は難しい事だと思います。チュードルも65年位の歴史があり、ロゴマークはデカバラ、タテバラ、小バラ、 盾と時代と共に変換・推移していきました。 現在のロゴマークの盾のイメージは、王冠をかぶったキングのような 人物に見えないこともありません。ロレックスのロゴマークがクラウン(王冠)のみの事を思えば、 チュードルはロゴマークでアンティーク等の色んな選択肢が楽しめると思います。弊店にも時折チュードルの修理依頼が来ますが、現在ではETA社ムーブメントを ベースにしてロレックス社がレベルアップのチューイングを施しています。 ETA社はテンプの耐震装置にインカブロックを多く採用していますが、 チュードルではロレックスと同じようにニューKIFを採用しています。 その為にテンプ穴石・受石等を独自の物を使っています。また、ETA社のムーブメントはヒゲ棒・ヒゲ受けを一体化した簡略のパーツを 使用していますが、チュードルでは旧来のヒゲ棒・ヒゲ受け方式を敢えて採用し 搭載しています。 緩急針調整も、ETA社が採用している簡単なネジ式ではなく、 スイス高級腕時計に見られるトリオビス・ファイン・アジャストメントを一部に 採用し、微細な日差調整が容易に出来るように仕上げています。チュードルのクロノグラフは『クロノタイム』と呼ばれ、 文字板カラーは白・黒・紺・赤・黄等の沢山の色のバリエーションがあり、 選択するのに悩むほど多くのアイテムが揃っています。 さすがにロレックス社が監修しているだけあり、造りも見事で、 一点の隙もない仕上げを施しています。チュードルのダイバーズラインには『ハイドロノート』、『サブマリーナ』 があり、ロレックスのエクスプローラーIシリーズによく似たアイテムに 『レンジャー』シリーズがあります。 その他、ロレックスのデイトジャストに匹敵するチュードルに 『プリンセスデイト』がありなかなか充実した品揃えになっています。数年前ハワイに行ったときにショッピングセンター内の時計売場にチュードルが 200個以上所狭しと一杯並んでいたことがありました。 日本ではなかなか見られない光景でした。

第12話(ヒゲ外端曲線とヒゲ棒間のヒゲ遊びについて)

小生が、オーバーホールの修理依頼を受けた腕時計の歩度調整する時に、 一番神経と時間を使う箇所があります。 以前にも、書きましたが、ヒゲ受け-ヒゲ棒間のヒゲ遊びの隙間量の調整と、 緩急針を45度動かしても停止状態の時、ヒゲ受け-ヒゲ棒間の間に、 ヒゲゼンマイが丁度真ん中に来るようにヒゲ外端曲線を修正することです。また振動回転中にヒゲゼンマイが同心円状に伸縮運動するように ヒゲ外端曲線を修正する事です。 アンティークの高級腕時計は、ブレゲ巻き上げヒゲを採用している事が 多いのですが、この場合は、ヒゲ受けは無くヒゲ棒2本で緩急調整出来る様に なっています。過去の小生の経験から言いますと、かつてのインターナショナルの 巻き上げヒゲのヒゲ棒遊びの量が、極めて少なく理想的ヒゲ外端曲線を 描いておりました。 当時のインターナショナル社の技術者のヒゲ調整能力は、 世界最高度のものであったと、推察しております。平ヒゲの場合、普及品のタイプは、ヒゲ棒-ヒゲ受けですが、 高級腕時計となると2本のヒゲ棒とヒゲ受けを採用していました。 どのタイプもヒゲを、掴み挟むのではなく、ヒゲ受けとヒゲ棒の間のヒゲ遊びを 出来うる限り少なくする事により、 精度が一段と良くなり、等時性、姿勢差誤差も大変良くなるものなのです。 (前提条件として全巻きでテンプ振り角が300度前後ないとダメなのですが)ヒゲ棒-ヒゲ受のヒゲ遊びが大きい場合、テンプ振り角が短弧の時、 両方に接触する時間が短くなり、『遅れ』の状態を引き起こし、 特に縦姿勢の場合、大きく歩度が乱れる原因を作ります。 ヒゲ棒遊びが少なければ少ない程、ヒゲ受け、ヒゲ棒に接触するのが強くなり、 接触する時間も長めになり、歩度の安定をもたらします。余程、稚劣な、時計職人が弄ったものでなければ、ヒゲゼンマイの内端曲線は 壊れていないので、分解するまでにテンプ運動を何回となく見る事によって、 ヒゲ外端曲線を修正したりしています。 一番良い方法は輪列歯車・輪列地板を全て取り外してテンプ受けのみを取り付けて四方からテンプを眺めますとヒゲゼンマイの正確な調整が可能になります。弊店の時計通信講座生にも、高級技術としてヒゲ外端曲線の修正、ヒゲ棒遊びの 極小化に取り組んで貰っていますがなかなか上手くはならないものです。

第13話(角野常三先生について)

我が国の時計修理技術においては、多くの有名な先生方がおられますが、 その中でも、巨星の如く光芒を放つ忘れてはならない先生がおられます。 その方は、角野常三先生と言い、昭和29年、第一回CMW試験に 末和海先生と共に受験し合格された、時計技術者です。私がこの業界に身を置いた時、角野先生は、既に昭和42年に亡くなられておられ、 一度もお会いする機会は無かったのですが、この業界人になった時から、 角野先生の偉大な業績や噂を良く耳にしておりました。 角野先生は、福井・敦賀市の蝋燭問屋の長男としてお生まれになりましたが、 思う事があり時計職人として大成する事を志し、京都、大阪へと修行を重ね、 若くして大阪・荻の茶屋にて、更正堂時計店を開業されたのです。角野先生は、己の時計技術を磨き上げるにも大変な努力をされたのですが、 多くの内弟子を抱えて、時計技術の教育指導にも熱心に当たられたのです。 (多いときには16名の内弟子を抱えておられたそうです。 とても真似が出来る事ではありません。) 昭和32年の生野工業高校時計計器科設立にも尽力をつくされ、 同校の技術指導講師として、多くの学生の教育に生涯をかけられたのです。 また、昭和35年には、日本調時師協会(日本時計師会前身)の初代会長になり、 CMWの育成、CMW試験の実施等に多大な貢献をされたのです。 (晩年には大阪にカドノ時計学校を創立されたのでした。)昭和40年初頭からの労働省時計修理工技能検定が、施行されるやいなや、 技能検定中央委員として活躍され、今日の技能検定の隆盛の礎を築かれた 先生でもあります。 日々のお仕事の傍ら全国各地に出張講義に出かけられ、先生の直の講義を受けた 時計職人は、数千人の数に上ると言われ、その献身的な教育指導の足跡に、 心を打たれます。おそらくこのような先生は二度と現れないと思うのであります。 偉大な角野常三先生に引けを取らない大津市の行方二郎先生も時計技術指導・ 時計技術者養成に人生の大半をかけられ多くの優れた時計技術者を 輩出されたのです。 ごく最近、行方先生と久しぶりにお電話でお話をしましたが一時期身体の変調を きたしておられましたが今ではお元気になられましてホッとしているところです。

第14話(コラムホイ−ル方式7750ムーブメント)

スイス製メカ式クロノグラフのムーブメントと言えば、ETA(バルジュー)7750が 有名で、おそらくスイス・クロノグラフ腕時計の90%以上は、 このムーブメントを搭載されていることは、読者の方はご存じだと思います。このムーブメントがこれほどまでに圧倒的なシェアを独占出来た理由には、 修理調整がし易いのと、コストパフォーマンスに優れていて、安定した信用できる機械で汎用性が高いからでしょうか。 7750を基本として、派生的にいろんなムーブメントが誕生しています。Cal.7751は、トリプルカレンダー・ムーンフェイズ機能を搭載し、Cal.7753は、横目3カウンターのデイト機能付きで、リューズ操作は 二段階方式です。 カレンダーの早送りは、11時のプッシュボタンで操作するようになっています。Cal.7754は、縦目3カウンター仕様で、GMT機能がついております。
Cal.7760は、7750の自動巻機構を取り外した、手巻きデイデイト・クロノグラフ ムーブメントです。Cal.7765は、2カウンターの手巻きデイト付きクロノグラフムーブメントです。上記の様にCal.7750からいろんなクロノグラフムーブメントが派生的に誕生して、スイスの多くの有名時計メーカーが、採用しています。 7750は、コラム(ピラー)ホイール方式ではなく、カム方式を採用している為に、オーバーホールや、修理調整が、し易いという最大の利点があったのですが、 時計愛好家には、コラムホイール方式の様な、 独特の動きが見えない為に、少し不満の残る点があったのです。最近、その欠点とは言えない事ですが、7750のカム方式をピラーホイール方式に、 新しく変更設計されたムーブメントをラ・ジュー・ペレ社(旧ジャケ社)が 開発しました。 この新ムーブメントを採用して、エベラール社がピラーホイ−ル方式7750 クロノグラフ腕時計を、最近発売し出しました。 (エベラール エクストラフォルト コラムホイール ビックデイト  682,500円)この機械は、カム方式よりも動作が少し滑らかに動く為に、 静かな人気が出てくるものと思います。 写真で見た限りでは、コラムホイール方式7750の方がカム式7750よりも、 若干見栄えが良い感じがしないこともないようです。 (但しコスト面で割高になるのは致し方ないでしょうね)

第15話(喜ばしい朗報)

一昨日、弊店にとって、とても嬉しいニュースが飛び込んできました。 弊店の『時計技術通信講座』2003年度の生徒一人である静岡県K君が 「信州・匠の2級時計修理士」に合格したというメールが彼から来たことです。 今まで5年間に24人の生徒を教えてきましたが、 その中で東京都のK君と静岡県のK君が群を抜いて器用なので、 将来性が期待できると思いその後、逐次教えてきました。その甲斐あって、この度、愛弟子のK君が見事合格した事は、 私にとっても久しぶりに大変嬉しい出来事でした。 昨晩、彼と久しぶりに電話で話をしたのですが、 勤務後も夜遅くまで実技の訓練に没頭したとの事で、 その努力が実って、今回の資格取得と言う快挙をなし得たものと思います。 (彼は昔の時計技術専門書を10万円以上の大金をはたいてオークションで 落とした事を知り、彼の熱意が本物であると思いました。 さらに腕を磨いてもらって、将来は弊店の高級腕時計修理を 一部してもらいたいと思っております。) 彼と電話をしている内に、小生の若い時の事が、走馬燈のように 目まぐるしく頭の中に浮かんで来ました。 若い時は気力も体力も十分にあり、目標を設定したなら一直線に突き進めるという脇目もふらない熱い情熱があります。時計学校に入校して2〜3年間、教えを請うという恵まれた選択肢もありますが、 K君のように、小生から基本を4回教わっただけで、後は自力で勉学に励み、 資格を取る事が出来るという道もあるという証明でもあります。小生もCMW受験にあたり、加藤日出男先生から3〜4回に渡り熱心に旋盤技術を ご教授をして頂き、その基本技術の教えを忠実に遵守して、更に専門書で 理論武装をして、わずか1年間の集中した勉強のお陰で 、 CMW資格を取得出来ました。世の中には時計学校に行けない逆境の時計職人の卵の人達も、沢山おられると 思いますがK君のように基本をマスターして独学で時計技術の腕を伸ばせる事が 可能だと知って貰いたいです。


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