| ■イソザキ時計宝石店■ |
| 続・時計の小話 |
第21話(リコー・ダイナミックワイド腕時計) 現在、国産の機械式腕時計を発売しているのは、セイコーとオリエントの2社のみですが、過去に於いてはシチズン、リコーもメカ式の腕時計を製造・発売していました。40年前のリコー時計は進取の精神に富んでいてハミルトンと提携してハミルトンリコー電子腕時計も発売していて知名度は現在と比較に出来ないほど有名な時計メーカーでした。今から40年ほど前、リコー時計が末和海先生を中心として全力を挙げて開発した紳士用自動巻デイデイト腕時計に、『リコー・ダイナミックワイド』、『リコー・ワイドデラックス』(当時の価格で12,000円前後、大卒初任給が30,000円位の時代です)が、ありました。現行のグランドセイコーメカ式腕時計を先日オーバーホールして、GSの輪列配列の対極をなす腕時計が、『リコー・ワイドデラックス』の時計ではないか?と記憶を遡っています。リコー・ワイドデラックスは地板外径が29mmありましたが、イプシロン方式(テンプ、アンクル、ガンギ車、4番車、3番車、2番車、角穴車、丸穴 車がE字の形で配列しています)の輪列車・配列構造をしている為に、地板直径29mmを有効に、目一杯使っていました。その為にテンプの外径が10mm弱 という、大きなテンプを採用する事が出来、18000振動のロー・ビートながら、高精度が出た機械でした。当時のオリエント高級腕時計のように自動巻ボールベアリングにルビー石を採用していてローターがスムーズな回転運動が出来るように設計されていました。(カレンダー機構が少し複雑で部品数が多くて組み立て調整に難儀された職人もいたものと思われます。)特にアンクルが特殊な形状をしておりアンクル竿に穴を開け、ドテピン一本をその中に入れていました。普通、ドテピンは2本あるのですがリコー・ワイドデラックスは、ドテピン1本でアンクルが安定した作動をしていました。オメガ、セイコー等の小型婦人用にもこの形状をしたアンクルが採用されていました。リコー時計は、現在クォーツ腕時計のみを製造・販売しており、どちらかというと量販店・スーパ等に向けに安価なクォーツのみを販売しておりますが、昔は柱時計や、腕時計に自社開発した良い時計を作り続けていました。機械式腕時計を復活させるのは、並大抵の企業努力では叶わない事なのですが、オリエント時計がメカ式を見事に復活させた様に、歴史のあるリコー時計 もメカ式腕時計を復活させて欲しい、と願っています。秀でた機械式腕時計を世の中に送り出せない時計メーカーは今後存続していくのは大変であろうと推察し ています。 (第22話(業績を残した時計産業人) 日本の今日における時計産業の隆盛には、多くの先人の人達の一方ならぬ努力の賜物だと思っています。小生がこの業界に携わって35年間、鮮烈に記憶に残っている時計産業人の人々の事を思い出したいと思います。やはり一番に名前を挙げなければならないのは、服部時計店を世界のセイコーへと導いた、三代目社長服部正次氏だと思います。今日のセイコー社の盤石 たる礎を築いた人ではないかと思います。小生は若いとき、一度だけ氏にお会いした事がありますが、慶応大学出身だけに長身の細身のダンディな人でした。お客様(時計小売店)を非常に大切にされ、時計店の店主がシチズンよりもセイコー腕時計を積極的に拡販したのは、氏の時計店への熱い思いが店主に伝わったのではないか思います。シチズン時計には山田栄一氏、リコー時計には市村清氏等の個性的な名物社長がおられ、この時計業界をセイコーと共に引っぱってこられました。クロック業界では、セイコー・クロックと二分する程までに、大きく会社を育てあげた、リズム時計工業の谷碧氏がおられます。20〜30年程前は、リ ズム時計のセールスマンは商売熱心でワゴン車にクロックを100個以上目一杯積んで、1週間にいっぺんは時計店に訪問販売をしていました。それほど頻繁に 時計店に通わなければ、セイコー・クロックと太刀打ち出来なかったのではないかと思います。またその頃はクロックが店頭で本当によく売れたものでした。現在では、セイコー・クロックもリズム時計も販売先がディスカウントストアや量販店に集中している為に、時計店への巡回販売活動がほとんど見られな くなり、一抹の寂しさを覚えます。弊店でもクロックはほとんど店頭では売れなくなり、贈答品用に一部売れるだけになりました。この現象は日本国中、どの時 計店にも言えることではないか?と思います。時計卸業界では、ユニバーサルの日本総代理店であった村木時計の村木栄太郎氏が特に記憶に残っています。氏は月刊誌の『時計技術』を長年出版され、 日本全国に著名な時計技術者を同伴して、時計技術講習会を開かれました。氏の活躍でどれほど時計職人が腕を磨き上げたか、大いに時計技術のレベルアップに 貢献されました。また、菅波錦平先生と共に時計技術通信講座を開かれ多くの受講生をCMW、1級、2級時計修理技能士へと、導かれました。その他には、パテック・フィリップを日本で有名にされました一新時計の西村隆之氏、シチズン時計の卸元堀田時計店の堀田両平氏、ウォルサム、テクノスの日本総代理店、平和堂貿易の高木克二氏が特に有名でした。35年ほど前は、日本でスイス腕時計として一番人気のあったのがラドーとテクノスでしたが、そのラドーの日本総代理店を旗揚げされた、酒田時計貿易の酒田武敏氏がおられました。氏は、ラドーを日本で一番人気のあるスイス時計へと育成されましたが、ラドーの販売権利をスウォッチグループに譲った為に、販売の柱を失い、先年会社が解散した事は、惜しむべき事でした。(栄光時計の小谷氏、山田時計店の山田氏は以前に書きましたので省略します。) 第23話(フィルムカメラとメカ式時計) 最近のニュースによりますと、フィルムカメラの国内販売台数が毎年落ち込んでいき、今では、出荷台数全体の3.5%まできたそうです。フィルムカメ ラの存続の危機にまで来たようです。それに比べ、デジタルカメラは性能の向上と共に、製品価格がとても安価なお買い得になっていき、年間844万個まで増 えてきたそうです。時計業界も1970年から1980年代にかけて、メカ式からクォーツへの大転換が行われ、アフターサービスがクォーツにはほとんど必要が無いため、異業種の商店にもクォーツ腕時計が販売されるようになり、時計店が苦境に立たされていったのは、承知の事と思います。フィルムカメラからデジタルカメラへの大幅な転換により、町のカメラ店も今後ますます苦境に立たされるのではないか?と思います。クォーツも想像だ にしなかった大幅なコストダウンが出来たようにデジタルカメラも今後、値崩れがしていくのではないかと危惧しています。家電量販店にカメラの顧客を将来ほ とんど取られてしまうのではないかと思っています。超優良企業の富士写真フィルムも、カラーフィルムや印画紙等の写真感光材料の売り上げが落ち込み、大勢の人員を削減する、という事です。あのニコンですら、フィルムカメラ事業を大幅に縮小して、フィルム用コンパクトカメラの生産も全面的に中止するようです。プロのカメラマンから圧倒的な支持を受けているニコン一眼レフカメラも主力の2機種を除いて生産を中止に追いやられてしまいました。歴史のあるカメ ラ会社である、コニカミノルタでは、写真フィルム事業から全面的に撤退して、デジタル一眼レフカメラ事業でさえ、ソニーに譲渡するそうです。カメラ事業と言えば、レンズ研磨等の光学加工技術に優れていなければ勝ち残っていく事が出来なかったのですが、デジタルカメラになりますと、主要部品がCCD等の半導体生産技術に優れている家電メーカーが今後ますます優位に立っていくような気がします。カメラ事業の根幹を成す光学品加工技術をぜひ未来永劫に渡って伝承する為にも、フィルムカメラ事業は残していってほしいと思わざるをえません。 1990年代からのメカ式時計の見事な復活を見るにあたり、世界をリードしてきた日本のカメラ会社もデジタルカメラ一辺倒ではなく、アナログのフィルムカ メラの存続をぜひ考えていって欲しいと思います。クォーツ腕時計はメカ式とは比肩出来ないくらい正確無比な腕時計ですが、現在ではユーザーの方にそれのみでは充分な満足感を与えられず、メカ式の心温まる美しいムーブメントに魅了されたユーザーの方が徐々に増えてきているのが、今日の時計業界の姿です。デジタルカメラは操作しやすく、鮮明度では敵なしの状態ですが、フィルムカメラで映し出される陰影のある深みのある写真には一歩及ばないのではない か?と私は思っています。昔懐かしい光景の、現像液に感光印画紙を入れて徐々に美しい映像が浮かび上がってくるあの心のドキドキとした時めきはカメラを一 度弄った人には忘れられない感動ではないでしょうか。フィルムカメラにもメカ式腕時計のような復活が将来あるのではないかと 思うのですがどうでしょうか。 第24話(ハートビート・マニュファクチュールについて) 弊店取扱いのフレデリックコンスタント社の 『ハートビート・マニュファクチュール』 の 問い合わせが毎日何件かあります。2002年1月から弊店はフレデリックコンスタントの正規取扱い店になりましたが、デザインも秀逸で、アンテイーク調の 飽きの来ないメカ式腕時計を出来うる限りコストを抑えて販売している時計会社ですので、その企業姿勢に共鳴した人々に時折購入して頂きました。2004年末にハートビート・マニュファクチュール(Cal.FC910 自社生産)の時計をSSケースで世界限定各500本限定で税込価格378,000円で売り出しましたが、当時はそれほど問い合わせや、来店客でそれを見た いという人は多くは無かったのですが、昨年末Cal.FC910をベースにして、『ハートビート・マニュファクチュール・ムーンフェイズデイト(Cal.FC915-1 自社生産)』をSSケースで世界限定各888本で税込価格 493,500円で発売しました。選択肢が増えた為に最近では異常とも言える人気が出てきて、全機種に渡り品切れ状態が起きつつあります。小生から見て、ネジはブルー・スチール製を採用し、地板裏側はコート・ド・ジュネーブを装飾し表地板側にはペルラージュ仕上げをしています。一番特 徴的な事は、テンプ受けを文字板側に設計する事により、6時位置のテンプの動きや緩急針の仕組みが表側からハッキリ見える、という独創的な設計になってい ます。この機種はメカ式腕時計のユーザーの楽しみを増す為に、手巻き機構を採用しており、リューズでゼンマイを巻き上げる時、4つのホイールが連動して動 くという仕組みを採用しています。角穴・丸穴車をあえて小さくする事により、丸穴車と角穴車の間に2個の伝え車を置き、手巻きで各4個の歯車が動いてゼン マイを巻き上げるという、面白みを出しています。創業者のピーター・スタース氏の曾祖父が時計文字盤職人だった影響でしょうか?文字板に強いコダワリを持った製作をしています。一部の機種には ギョッシュ彫りを採用し、インデックスは立体的なアップライド・インデックスを採用している為に、文字盤に陰影が出来、高級感を漂わせる雰囲気の顔造りを しています。こういう非常に凝った時計造りをしているにも関わらず、コストを低価格に抑えている為に、最近ユーザーの人々も十分認知される様になり、売れてきた のではないか?と思います。緩急針も秒単位で調整出来るトリオビス・ファイン・アジャストメント方式を採用しており、精度も申し分の無い範囲に収まってい ます。日本で凄い人気のあるXスイス時計の、地板仕上げをしていないバルジュー7750搭載のクロノグラフが40〜50万円以上する事を思えば、如何にフ レデリックコンスタント社の『ハートビート・マニュファクチュール』が、良心的でお値打ち品であるか解っていただけるのではないでしょうか? 第25話(超音波時計洗浄機 について) オーバーホールの依頼を受けた腕時計は、完全に全てを分解して一度、 重要なパーツは揮発油(ベンジン)の中でハケで手洗いして、 超音波洗浄機にかけるのが一般的です。 (ハケの手洗いを省略していきなり超音波洗浄機にかける修理工房もあります。 忙しい修理工房やサービスセンターにいる、日に多くのノルマを課せられた 時計職人には致し方ないかも知れませんが)50年程前は、洗浄機が無かったので時計職人は、全てハケによる手洗いを していました。 小生が幼少の頃、父はいつも腕時計の分解掃除の時、黙々と刷毛洗いをしていた 光景が浮かびます。 父は刷毛手洗い後、布で揮発油を吸い取り、非常に細かい真鍮の網が張り巡らせた 小さな桶状の器にパーツ類を白熱球の下に置いて乾燥させていました。 その為に非常に多くの時間が洗浄に取られて効率の悪い作業になりました。その後、ヴェルヴォ社が回転式時計洗浄機を発売して、時計店に大歓迎されました。 その後、回転式洗浄機では十分に油汚れ等が落ちない為に、新たに超音波発信を 内蔵した、『ヴェルヴォソニック超音波時計洗浄機』DC-8Wが40年ほど前に 売り出されて、時計修理をする時計店には、必須の修理設備になりました。 当時で10万円前後した高級な機械でした。1秒間に15,000回以上の周波数をウルトラソニック(超音波)と言いますが、 このヴェルヴォソニック超音波時計洗浄機は、1秒間に400,000回以上発信し、 この超音波を洗浄液中に伝えると洗浄液中には『キャビテーション』と言われる 空洞現象を起こして極めて小さな真空ポケット泡が南国の夜空の星の如く 無数に発生致します。この泡が1秒間に400,000回以上発生する為に、液体があたかも沸騰したかの様に 外部から見えます。 この多くの微細な泡が連続的に発生し、地板・歯車等に当たりその力は非常に 大きくなり、洗浄液を強力にかつ迅速に撹拌し、どんなに微細な所にも侵入して パーツについた汚れた付着物を破壊・分散してスピーディに精密に洗浄作用をします。地板、歯車、穴石、受石等に付着した老化した油や、 シミ汚れなどを取り除いて洗浄液の中に溶かし混んでしまう事が出来るのです。 現在の最新型、『ヴェルヴォ卓上型超音波自動洗浄機ETC-V』は885,000円します。 この機械は3つの洗浄槽と乾燥槽とで成り立っています。弊店の超音波洗浄機は、精工舎の子会社であった『富士電気工業』社製CL101型を 使用しています。 この洗浄機は、さすが精工舎が監修しただけあって5つの洗浄槽と1つの乾燥槽で 構成されています。 弊店では、第1、第2洗浄槽に違ったスイスベルジョン潤滑液を入れて使用しています。これらの優秀な時計洗浄機を使用しても10年以上オーバーホールをしていない 腕時計の油の汚れは取り除く事が出来ない為、掃除木や爪楊枝を使って 油汚れを取り除く様にしています。 超音波洗浄機は、時計職人にとって欠くことの出来ない修理機械ですが、 これとて万能ではなく、最終的には人手を煩わせなくてはいけない場合が 往々にしてあります。 |
|
お問い合せはこちらへ
isozaki@40net.jp |