| ■イソザキ時計宝石店■ |
| 続・時計の小話 |
第36話(オールド時計を分解する時の点検事項) アンティーク腕時計や、30〜40年以上前の古い腕時計をオーバーホールでお預かりした時計を分解する時に、ゼンマイを半巻き程度リューズで巻き上 げて、テンプ振り角が180度前後あれば作業工程は順調に進んで悩む事もさほどありませんが、ゼンマイを巻いても全くテンプが動かない場合は分解する時 に、いろんな点に注意し、点検しながらバラさなければなりません。 1.外部からの点検事項として、ケースに大きなキズがあるかないか?(ある場合は停止の原因が落下・衝撃等の為と思われます) ガラス縁・ベゼル、裏蓋等になんらかの異常はないか? ゼンマイの巻き上げ具合は抵抗無くスムーズにいくかどうか? リューズの引き出し具合は良好か?(抜け落ちたりしないかどうか) 針回し具合が重かったり、軽かったり、ゴリついたり、置回りがしていないかどうか? 時針・分針・秒針がお互いに接触していたり、ガラス内面にに擦れていないかどうか? 確認しなければなりません。 2.裏蓋を外して埃やゴミが入っていないかどうか? 各ホゾの油の状態はどのような感じであるか? テンプが止まっている場合は脱進機がどんな状態で止まっているか? テンプとアンクルを外してザワ回りがスムーズにいくかどうか? 平振り、立振りを見てどの程度のテンプの振り落ちがあるか確認しなければなりません。 3.ケースからムーブメントを取り出す。 文字板がゆるんでいないか?ネジが脱落していないかどうか? 針が中心から偏心せずに文字板中央に収まっているか否か? テンプ、アンクルのアガキ量は適切であるかどうか? テンプがアンクル受けに擦れていないかどうか? ヒゲがもつれていて、2番車やテンプのアミダに接触していないかどうか? ヒゲ持ちネジが緩んで、ヒゲ持ちがテンプのアミダに触れていないか? ヒゲ受けがテンプのアミダに触れていないかどうか? ヒゲが極端に偏心してコイルどうしが触れあっていないかどうか? ヒゲの2番目のコイルがヒゲ棒に接触していないか? ヒゲの中心が充分に良くとっているかどうか? テンプが片振りしているかどうか? 振り角がゼンマイ一杯巻いてどの程度あるかどうか見なければなりません。 4.テンプ受けを外して、天真の上下ホゾが曲がっていないか?確認し、 ホゾの形状が良いかどうかを見ます。 天真のホゾにキズが付いていたりしていないかどうかも見なければなりません。 アンティーク時計等によく見られる事ですが、振り座が緩んでいないか? 小ツバの角にキズがないか? 振り石がしっかり止まっているか? 振り石の周りにラックが付きすぎていないか? 振り石の面が欠けていたり、大きなキズがあるかどうか? また汚れていないかどうか?を確認しなければなりません。 5.アンクルを外す前にゼンマイを完全にほどいて、以下の点検をします。 アンクルがアンクル受けに接触していないか? アンクルのアガキは適量があるか? アンクル真に曲がりや異常があるかないか? アンクル体が正常か? アンクルの出爪・入爪が欠けていたり異常がないか? くわ形や剣先に異常があるかないか?を調べなければなりません。 6.歯車のザラ回しの点検 コハゼ爪を5〜6個送ってゼンマイを巻いて、輪列車がスムーズに回転するかどうか 確認します。 回転しない時は、どの車まで力が来ているのかを見て、ザラ回しが止まる原因の車を 見つけなければなりません。 各輪列車のアガキ量が適量にあるかを点検し、特に2番車のアガキが適切にあるか どうか見ます。 ザラ回しを逆転して、受けにルビー石を使っていないホゾ穴の摩耗状況を 見なければなりません。 分解後は特に、カナに摩耗や傷、錆があるかどうかを各車について充分に点検します。 7.裏歯車系の点検では日の裏車・小鉄車・筒カナ等の噛み合い状態を見ます。 特に長年に渡って分解掃除をしていない腕時計の場合、日の裏車の受けや心棒が 摩耗してガタが大きくなり、針合わせが出来ない場合もありますので、 よく見なければなりません。 無理して回して歯こぼれしている場合もあるので注意が必要になります。 8.角穴車を外して、香箱真のアガキとガタの状態を見ます。 香箱に対して、香箱真のアガキは適量であるか? 香箱真の状態が良いかどうか、摩耗しているかしていないかを見ます。 ゼンマイの状態が良いかどうか? 香箱内の汚れ具合を見ます。 香箱は時計の性能に重大な影響を与えますから、香箱は充分に点検する必要があります。 9.地板の点検ではホゾ穴の穴石が亀裂していたり、欠けていたりしていないかを 各穴石を点検しなければなりません。 各歯車の受け石は耐震バネを外して綺麗に手洗いしてから、超音波洗浄機に かけなければなりません。上記のように、アンティーク腕時計や動かない古い腕時計の分解掃除をする時は、点検事項が一杯あります。難物時計や古い時計の修理には時間と神経を使うので、疲れる作業だと思わざるをえません。 第37話(姿勢差の調整方法) 日差の歩度調整方法としては、一般的に緩急針(F/S)を動かす事により調整するのが普通ですが、その他に、いろんな方法があります。ヒゲ受け、ヒゲ棒の間のヒゲゼンマイのアガキの量を微調整したり、大幅に日差が狂う場合はヒゲゼンマイ自体の長さを調整したりする事もあります。ま たチラネジ付きテンプの場合は、チラ座を入れて重量を変えて調整する方法もあります。微細調整方法としては、ミーンタイムスクリューやマイクロステラ等で 調整する事が普通であります。古いアンティークの時計のオーバーホールをする場合、姿勢差が顕著に出た場合は、ヒゲゼンマイを外してテンワを片重り器で見てテンワの片重りがある かないか?を見なければなりません。ヒゲゼンマイを外端、内端を理想曲線に近づけて、ヒゲの縦フレ、横フレを修正して、これで姿勢差が出ないだろうと、確 信してもいざ機械に全てを組み込んで、歩度検定器で姿勢差を計ってみると往々して大きな姿勢差が出る場合がアンティークにはあります。その場合は、ゼンマイをわずか角穴車で1〜2回転ほど巻いて、テンプの垂直姿勢の振り角を160度〜180度(短弧)にします。そして、リューズ下 (PD)、リューズ上(PU)、リューズ左(PL)、リューズ右(PR)の4姿勢の歩度を測量して、最大進みの姿勢差がどの位置にあるか?を捜します。PDで、最大姿勢差があった場合では、竜頭下の位置にある時の静止した状態のテンプの下側リムをほんのわずかに錐で削って調整します。姿勢差を見つ ける為にテンプの垂直姿勢の振り角を160度〜180度にした理由は、テンプの片重りが振り角220度を境として、逆に出てくるからで、歩度の差が顕著に あらわれるテンプ低振り角で見つける作業をする方が良いと思われるからです。片重りが垂直姿勢の下側にある時には、テンプ振り角220度以下の場合は進み、テンプ振り角220度(長弧)以上の場合は逆に遅れるという結果になります。ここ2〜30年程前に生産された有名ブランドのテンワの片重りはメーカーの段階で殆ど完璧に取り除いていますので、それでも大きく姿勢差が出た場合 はヒゲゼンマイの調整が上手くいっていないためと思われます。ヒゲゼンマイの収縮運動が出来うる限り同心円上に収縮するようにすれば姿勢差は少なくなるも のと思います。 第38話(『ペルレ』・ダブルローター) 先日、スイス高級腕時計 『ペルレ』・ダブルローター方式の自動巻腕時計 のオーバホールを致しました。この自動巻の巻き上げ効率に優れた方式は、1995年のバーゼル・フェアでペルレ社が開発・発表したものです。ムーブメントを両面2枚のローターで挟む、この機構は『ディプペロス』と呼ばれ、大きな話題を提供しました。天才時計師、アブラハム・ルイ・ペルレはスイスのル・ロックルで1729年に生まれました。1770年には、世界で最初に自動巻懐中時計を製作し、 230年以上にも渡って伝統と歴史を積み上げてきた、スイスの名門時計会社と言えると思います。創業は1777年まで遡りますから由緒有る時計会社と言え ます。彼の血脈には有能な人材が多数誕生しており、スプリットセコンド・クロノグラフを発明したのは、彼の孫で、ルイ・フレデリック・ペルレという時計師でした。昨年から経営体制を一新したペルレ社は、矢継ぎ早に魅力のある腕時計を発表し続けています。5ミニッツ・リピーターPG(294万円)、ジャンピン グアワー・パラジュームケース採用リミテッドエディション(新ムーブメントCal.P191搭載147万円)、スケルトンクロノグラフGMT (\987,000)、オートマチック・フライングトゥールビヨン(588万円)、パワーリザーブ(\399,000)、ビッグデイト・デュアルタイム (\367,500)、ダブルローター(\378,000)、ビッグデイト・クロノグラフ(\430,500)、アラーム・デイデイト (\672,000)等々、多彩なバリエーションを発表して、最近では、大変勢いのある時計メーカーの一つに数えられています。ペルレを有名にした、ダブルローター方式とは、今回OHをして始めて良く理解できたのですが、今回OHした物は文字板がケース上部にネジ留めしてあり、上部のローターは足2本がついてある文字板状のものに取り付けて回転出来るようになっています。その下側にムーブメントがあり、裏側のローターと上部のローターが、歯車一個で連結してあり、非常に効率良く回転運動をするようになっています。さ すがに特許を取っただけあって、自動巻機構としては非常に優れた方式だと、思います。自動巻としては複雑な機構にもかかわらず、価格を抑えている為に、 ユーザーの方々にとっては手の届く範囲なのが救われます。裏蓋側見た地板の仕上げも全く手抜きしていないで、綺麗で溜息が出るほどです。 第39話(井上信夫先生について) 広大な敷地内に明治時代の有名な建築物や明治の文豪の屋敷を集めた 明治村 には多くの当事の古時計(掛時計や置時計、懐中時計)が、展示されています。明治村には明治時代の日本人の気骨・情熱・気概が肌に強く感じられるような雰囲気を持ったとても良い場所であります。明治村にある、その多くのアンティーク時計を修復修理されたのが、日本で時計技術者として、一番有名な井上信夫先生です。先生は昭和45年から昭和 49年にかけて明治村の依頼により、展示されている明治時代の時計の修復修理をされて、全ての時計を正常に動く様に直されたのです。その時の井上先生は、70歳代にも関わらず全身全霊を持って、その名誉ある仕事を完成されたのです。その業績はとても頭が下がる思いです。誰もがと ても真似が出来るものではありません。読者の方で名古屋方面へ旅行をされたなら、ぜひ、明治村に立ち寄って、先生の偉業を見ていただきたいと思っています。小生も何度か明治村に足を運んでいますが、推察するに非常に困難な修理作業の連続であったと思わざるを得ません。おそらく、多種多様の部品別作、歯車入れホゾ、入歯、脱進機の大幅な修理等の難作業が多くあったと、思います。井上先生は、米国時計学会日本支部の初代理事長に就任され、日本でのCMW試験の委員長として、一橋大学の山口隆二先生と共に日本時計技術のレベル アップに大いに貢献された、大恩人でもあります。小生は昭和47年に一度しかお会いしていませんが、背筋を伸ばされて毅然とした姿勢・態度には、おそれ多 くてとても近くには行けない存在の先生でした。先生は明治33年に新潟県三条市でお生まれになり、(株)服部時計店(セイコー)に入社され、時計修理部門に配属されるや否や、技量・能力を大いに 認められ、若干30歳で修理部長になり、部下数十名の時計技術者の育成等に力を発揮されたのです。その後先生は、名古屋の(株)愛知時計電機に移られ、時 計研究課技師、時計検査課長、工場長まで登り極められた方でありました。井上先生の夢は、スイス・ユリスナルダン製マリンクロノメーターに匹敵する、国産のマリンクロノメーターを製造するのが夢でしたが、資金の面で苦労され、その計画が一歩手前で頓挫した事は、日本時計産業史にとっては非常に残念な事であった、と言えます。井上先生の逸話として先生は何処に行かれようと、小旅行されようとポケットにはピンセット、ドライバー、キズ見を常時、持って出かけられたそうです。先生の一生涯は本当に真の意味での時計師だったと思います。 第40話(時計台について) 日本最古の時計台と言えば、札幌農学校演武場にあった時計台がつとに有名ですが、札幌に行かれた人は誰もが驚かされるのは、ビルの谷間に札幌時計台があるので、少しはガッカリされるのではないでしょうか?それに比べ、兵庫県豊岡市出石町(いずし)にある、辰鼓櫓(しんころう)は明治初期の時代を彷彿とさせる雰囲気のある町並みの中に建ててあるので、情緒ある風情を持っています。この辰鼓櫓も札幌時計台と同時期の1871年(明治4年)に建てられてもので、時を知らせるのに太鼓を叩く櫓でありました。東京では、同じく明治4年9月から正午を知らせるのに、号砲を使用しておりました。当事の人々は正午の号砲を『ドン』と呼んでとても親しんでおりました。夏目漱石の『坊ちゃん』の中にも号砲(ドン)の事が出てきます。この正午の号砲は昭和4年(1929年)まで、60年という長きに渡って人々に正午の時刻を知らせ続けたそうです。それ以降は大型のサイレンにとって代わられました。遡ること江戸時代の初期には、江戸の町民に時刻を知らせるには、朝と夕方のいわゆる明け六ツ、暮れ六ツ、の二回のみ太鼓を叩いて時を知らせていました。二代将軍秀忠の時代になると、市中に時の鐘が設置され、明け六ツ、暮れ六ツ以外にも、各時刻毎に太鼓を打ち鐘を鳴らす様になったと、言われています。近江・彦根城にも、時打ち坊主がいて、交代で叩いていた鐘楼が今日まで現存しています。その他には埼玉県川越市に、現在でも残っている『時鳴鐘』が有名で、この鐘楼は高さ16mあり、明治の大火で消失しましたが、復元されて現在では観光名所の一つになっています。時は金成りと言う如く、一秒一刻を争う現代人にとって昔の人の時間に対する観念はとても暢気で悠長で、今から思えば羨ましい限りかもしれません。茶道では、腕時計を外してお茶を嗜むのが礼儀とされていますが、休日の時ぐらいは腕時計を外して、時の観念の呪縛から逃れるのも、一服の清涼になるかもしれません。 |
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