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国際時計通信『水晶腕時計の興亡』
時計の小話
続・時計の小話
121話〜140話

時計の小話 第201話(シチズンの自動巻・ジェット)

昭和30年代後半〜40年代初頭にかけて、当時の名機と言える自動巻がシチズンから発売され、席巻しました。
その自動巻は『スーパージェット』と言う機械で、地板等に金メッキが施された美しいものでした(初めて裏蓋を開けて見たとき、その美しさに感嘆したものでした)。
多石化の先導的な役割を果たし、当時としては珍しい自動巻で39石を内蔵しておりました。
オリエント、リコーがした飾りの無駄な多石化ではありませんでした。
主要キャリバーは032、ムーブの直径は29.0mm、厚さは4.7mm、振動数は18,000振動でした。
このジェットの自動巻機構は、シチズン独特の「外周式ボールベアリングローター」を採用し、受けの外側に回転重りを装着している為、巻き上げ効率が高く、尚かつ薄型にする事に成功したムーブメントです。

当時のシチズンの並級ムーブメントによく見られるのは、ヒゲ棒とヒゲ受けのヒゲゼンマイのアガキが片当たりになっているものが多いという事です。
精工舎が両当たりに固執して精度を高めていった方針とは違い、シチズンは片当たりにすることによって、テンプの短弧での遅れを是正する為に採用したものと思います。
どちらがイイとは断言出来ませんが、ほとんどの高級機種は両当たりを採用しているのを見るにつけ、両当たりの方が本道なのかも知れません。
しかし、片当たりは作業が易しく、大量生産に向いていたのでしょう(長弧では僅かな両当たりにし、短弧では片当たりにするようにヒゲを調整して等時性を出す方法も採られていました)。

昭和40年代、私はこの時計の修理を何十回とした記憶があります。
それほどこの時計はシチズンとして大変よく売れた自動巻であったと思います。
ローターが回転するとき、凪の時の浜辺のさざ波の音がしたものでした(ローターが回転するとき一種、独特の音がしました)。
このキャリバーを採用して、派生的にたくさんのシチズン自動巻腕時計が誕生しました。
それはホーマー方式を踏襲しています。
下記にそれを書きます。

・基本Cal.031搭載は『ジェット』

・Cal.032搭載は『ジェットルーキー』

・Cal.034搭載は『スーパージェット』、『スーパープレシジョン』

・Cal.112/117搭載は『オートデーター』

・Cal.113搭載は『オートデータールーキー』

・Cal.115搭載は『スーパーオートデーター』

・Cal.400搭載は『シチズンセブン』、『ヤングセブン』

・Cal.410/411/413搭載は『オートデーターセブン』

・Cal.412搭載は『オートデーターセブンマンスリー』
お父様かお祖父様が所有されていたシチズンジェットが、どの範疇にはいるムーブメントか
確認してみるのも面白いでしょう。

時計の小話 第202話(シチズン自動巻の名機)

昭和40年代にセイコー5に対抗して、シチズンから売り出された、日付曜日付き自動巻腕時計、クリスタル7が時折弊店に修理依頼がくるようになり、うれしく思っています。
この時計の基本Cal.は520でムーブメントの直径は20.8mm、厚さは4.48mm、振動数は18,000振動でした。
セイコー5が手巻き機能が付いていなかったのですが、シチズンクリスタル7は全機種に手巻き機能がついていました。
このCal.52系列はシチズンが誇った並級タイプでは薄型の高性能の自動巻でした。

基本のCal.52から日付付きのみCal.54が出来、日付無しのCal.64が生まれました。
セイコーの方針と違うのは、シチズンは一つのムーブメントを開発して、多種多様のペットネームの腕時計を売り出した事です。
選択肢を増やすことにより消費者の多様な嗜好に対応したものとおもいます。

52系では、クリスタル7カスタム、オートデイター7、ダンディ7カスタム、オートデイターコンパクト、クロノマスターADD、クロノマスタースペシャルADD、カトラスADD、セブンスター、セブンスターEXカスタム、セブンスタDXマンスリー、サッカーカスタム、ラリーカスタム、ヨットカスタム、セブンスターDXが生まれました。

Cal.54系には、クリスタルデイト、スーパークリスタルデイト、クロノマスターAD、クロノマスタースペシャルAD、カトラスAD、オートデイターコンパクトが出来ました。

64系には、キングローター、ログマスター、カトラスAが誕生致しました。

自動巻ローターはムーブメントの中心に支持され、特殊な形をしたネジ頭がついている為に、取り外しには専用のドライバーが必要でした。
自動巻機構はローターの回転はクラッチ伝え車を介して二個のクラッチ車で一定方向の回転に変換され、第一、第二減速車で減速し角穴車に伝え、ゼンマイを、巻き上げる方式です。
セイコー5と違って、この42系のOHは部品数が5割近く多い為に、作業に時間がかかります。
特に、文字板側に使われているバネ総数がセイコーと違って6本と多く、分解組立時にバネを飛ばさない様に神経を使います。
テンプは三本のアミダ式で、ヒゲ棒隙間は片当たり方式を採用していました。
通好みで言えば、セイコー5よりもシチズンクリスタル7のOHの方が難しい為に、やり甲斐があったと言えるかもしれません。

時計の小話 第203話(人気のノモスについて)

昨年6月頃から弊店ではノモスが人気を集め問い合わせが多くなり、弊店での手巻き腕時計売上げNo.1の実績を作っています。
裏スケルトン仕様があるので、どのような機械でどんな仕上げをしているかおおよそのことは掴んでいましたが、この間OHする機会があり、機械をバラシながら十分に観察することが出来ました。

ムーブメントはETA社製(1971年に買収したプゾー社製:Cal.7001)ですが、ノモス社独自でこのムーブメントを最高ランクにグレードアップしています。
毎時21,600振動、厚さは2.50mmの薄型ムーブメントで、パーツ総数は100個ありました。

特に驚かされたことは、緩急針の精度調整機構です。
ETA社方式を取り去り、ノモス独自の「トリオビス・ファイン・アジャストメント」を装備しています。
この方式はスイス高級時計:ジャガールクルト社によく採用されている、微細精度調整が出来る優れた緩急方式です(買って頂いた方より、想像した以上の精度が出るために喜びの声が多く店に届いています)。

ヒゲ受け・ヒゲ棒もETA社の同時可動式(ヒゲ受け・ヒゲ棒が一緒に動く)ではなく、高級アンティーク腕時計に見られる、一番最良の方式を採用しています。
ヒゲ受け・ヒゲ棒の隙間も少なく、ヒゲゼンマイを両当たりにして等時性を高めています。
ヒゲゼンマイにはニバロックス社製を採用し、安定した精度が出るように外端曲線等、工夫調整しています。

角穴車は「グラスヒュッテ・サンカット」という独特の研磨がしてあり、ゼンマイを巻く時にその形状が目に焼き付きます。
文字板側の地板にはペルラージュ加工が施され、針はバトン型のブルースティールで、直線的な形がノモスのデザインにピッタリ合致しています。

地板止めネジはブルースティールのネジを採用し、地板は傷の付きにくいグレイン仕上げがしてあり、そのコントラストがとても美しく見えます。
このノモスのムーブメントは、もともとはETA社製のパーツを基本としていますが、全てをノモス社がキレイに再仕上げ加工しています。
ですから、地板に「NOMOS」のムーブと名乗ることをETA社が特別に承認しているほど、優れたムーブメントです。

これほどまでにチューニングしているにも関わらず価格を低く抑えているために、余計に人気が出たものとおもいます。
また、こんなに日本で人気が出た原因の一つに、バウハウス精神を継承して、とことん無駄をそぎ落としたデザインが日本の簡素な美と一致したからではないでしょうか?」

●時計の小話 第204話(時計修理の将来は)●

5/21と5/28の2回に分けて、本年度第2回の時計通信講座を弊店にて行いました。
遠くは埼玉、近くは富山から熱心な受講生8人の方が来られました。
今回は各自が持参した手巻き腕時計を分解掃除してもらいました。

その中でも静岡県のY.K君は、私が与えた課題以上の事を前もって繰り返し勉強してこられたので非常に上達が早く、将来大変楽しみな生徒になる可能性が大です。
おおよそ4時間足らずでOHを完了し、次回講座予定の自動巻に取りかかってもらうほどの余裕でした。

長い間、不況のトンネルから抜け出せない日本経済の暗澹たる中において、手に技術を身につけたいと渇望する青年がこれからますます増えていくことと思われます。

こういう青年達をサポートするために、小樽市に全国職人学会(事務局長:伊藤一郎氏)が発足しました。
将来、職人として身を立てたい青年達を助けるために、どんな技術を習得したいか、どこの地域で働きたいか、今までの経験年数はどんなものか、を聞いて、希望の職場に就職を斡旋出来るよう働きかける機関です。
このような機関が出来たことは、非常に喜ばしいことです。

時計修理技術に関しては、これからますます需要が見込まれ、今後時計修理技術者は不足になることが目に見えてわかっています。
弊店でもここ2〜3年、クォーツを買う人よりも機械式を買い求める方が大変多くなりました。

3年間で16名の受講生を教えてきましたが、手巻き・自動巻くらいは修理依頼を受けても出来るような技術を今後自己研鑽して、習得して欲しいと思っています。
手に技術を身につけることは、景気・不景気に関係なく、仕事の依頼が安定してくるものです。
エリート・ビジネスマンに憧れることもいいかもしれませんが、実社会を屋台骨から支える職人という職業に、若い人には熱い眼差しを向けて欲しいと思います。

先日、テレビに世界的に有名な脳神経外科医:福島先生のことが取り上げられていました。
先生自ら工夫して作った何十種類の手術工具(時計旋盤のバイトのような形状)を駆使し、脳に出来た極微量の腫瘍を取り出す手術工程を見て、本当に繊細な神経を使う手術だと感服しました。
直径1mm単位の血管を損なうことなく、奥深いところにある腫瘍のみを取り出す、手先の器用さは時計職人の毎日の作業と一脈通じるところがあるのではないかと感動しながら、テレビを見ておりました。
医師になるには適性と共に、相当一生懸命勉強しなくては、とてもなれない職種ですが、時計修理は根気と忍耐力と生真面目さと手先が器用であるという取り柄があれば、ほぼ誰もがマスターできる技術だと思いますので、若い人達がこの世界に飛び込んできてくれることを願ってやみません。

●時計の小話 第205話(シチズンレオパールについて)●

Cal.77を搭載したシチズンレオパール腕時計のことをお話しします。
この時計はキングセイコーハイビートに対抗するべく、シチズン社が全力を傾注して開発した高振動腕時計です。
ムーブメントの直径は28.0mm、厚さは4.86mm、振動数は28,800振動〜36,000振動です。

Cal.771がレオパールで発売され、Cal.773がシチズン・ハイネス(非常にシンプルなデザインで私の好きな腕時計でした。36,000振動。30年前で2万円位した手の届かない高価な時計でした。)
Cal.779がセブンスターV2のネーミングで発売されました。

この時計のおもしろい機構の一つに、シチズン独特の日付と曜日の早送りの仕方があります。
日付早修正が12時の位置を上にしてリューズを押すと変わり、曜日早修正は12時の位置を下にしてリューズを押すと変わるという、地球重力を上手く利用した方式です。
このカレンダー早送り方式は一見手間がかかるように見えますが故障が起こる原因が少なく、カレンダー早送り機構がよく故障したセイコーCal.56系のようにはならない優れ物でした。

シチズンのこの高級機種には、セイコーと同じくヒゲ受けのヒゲ棒のアタリは当然両アタリ式を採用しています。
よって、等時性に優れ極めて高い精度を持つ、シチズンの高級腕時計の一つです。

高振動腕時計の特徴は精度向上が挙げられますが、その要因には、トルクアップされたゼンマイの採用、高振動化されたテンプ運動、弾性係数の高いヒゲゼンマイ搭載によるテンプ往復運動の安定により、姿勢の変化による影響を受けにくく、携帯精度が常に安定した精度を維持する事が出来るようになっている事が挙げられます。

シチズンも、ハイビートのこの機種からは油拡散防止処理(エピラム液処理)を施し、長い間油が流れないような処理を施しています。
ロレックスと同じ様に、アンクル爪石とガンギ歯車の噛み合い量が、通常並級品の4分の1から6分の1になって少なくなっています。
当然、軸と穴石との遊びも少なく設計され、精密工作機械の向上により、高振動化が出来たものと思います。

今では、高価なエピラム液も入手出来る様になりましたが、30年前、一般の時計店ではこのエピラム液は入手出来る方法がなく、OHを依頼された時は、超音波洗浄及びハケ洗いはしないで、ベンジン液(精密機械専用揮発油)の中に入れてすすぎ洗いのみをして、アンクル爪油を注油したものでした。

●時計の小話 第206話(シチズンレオパールについて No.2)●

前回お話した、シチズンCal.77の姉妹ムーヴメントに、Cal.72、74、76があります。
Cal.72にはレオパール(21,600振動・6振動)、レオパール8(28,800振動・8振動)、レオパール10ハイネス(36,000振動・10振動)セブンスターV2(21,600振動)等がありました。
Cal.74には、レオパール10ハイネス(36,000振動振動)、オートデイター740(21,600振動)、Cal.760にはレオパール8(28,800振動)がありました。
その中で、Cal.722、728は日付・曜日が午前零時に瞬間的に変わる、日・曜・瞬間送り装置付きでした。

これらの全てのCalは手巻き装置がついており、片振り修正装置、パラショック(耐震装置)、プロフィックス(保油装置)、三角ヒゲ持ち、ヒゲ両アテ方式、等が装備している高級機種でした。
特に、ゼンマイが入っている香箱車には特殊な加工が施されてありました。
香箱内側の壁にタテ溝をつけた為に、スリップトルクの安定性が高まり、トルクの変動率が小さくなり、ゼンマイの耐久性が向上しました。
優れた香箱車の為、数年間無給油で初期特性を保ち、分解・洗浄・給油の必要がありませんでした。
これは、グランドセイコーVFA6185Aの方式に似ている方式でした。
ですが、10年以上経過すると、どうしても香箱に油を注油しなくてはならない時、香箱のフタが、なかなか開けにくいという欠点も持ち合わせていました(メーカーでは香箱一式を交換するやり方を薦めておりました)。

今では、日・曜瞬間送り機構はROLEXデイトジャストの代名詞の様に思われますが、30年前以上昔にもセイコー・シチズンは、このような機構を既に独自の方法で取り入れる程の技術力を、保有していました(現行のメカ式GSには日・曜瞬間送り機構を是非採用して欲しいと思っております)。

現在のシチズン社の方向は、エコドライブ(光を電気エネルギーに変換して駆動する時計)、電波時計(標準時刻電波を受信して、自動的に正しい時刻を表示する時計)に特化している様ですが、かつては優れた機械式時計を矢継ぎ早に輩出した時計製造メーカーでした。
シチズン社も今後、新規に機械式時計を開発・発売しなければ、世界の時計産業の潮流から取り残されてしまう懸念があると、思っております。

時計の小話 第207話(オメガ30mmキャリバー)

最近、時折『30mm OMEGA』と言われる腕時計の修理が弊店に舞い込むようになりました。
『30mm OMEGA』はオメガ社が製造してきた手巻きの優れた名機です。

Cal.は30.260.267.268.269.284.285.286の、おおよそ8種類の手巻きムーブメントがあります。
全て振動数は18,000です。
その中で平ヒゲ搭載の最高峰はCal.269で、ブレゲ巻き上げヒゲ搭載の最高峰はCal.268、Cal.284、Cal.286でしょう。

『30mm OMEGA』は1939年から製造開始で、1963年にCal.269を製造してその歴史にピリオドを打っています。
ムーブメントの直径を30mmにオメガ社が限定したのは、当時の天文台腕時計クロノメーター部門の出品規格が直径30mmに等しいか、あるいはそれ以下と決められていたからなのです。
よってオメガ社はサイズの限界の直径30mmのムーブメントを開発し、天文台腕時計クロノメータ競争に出品したり、また、その合格品を市販したからなのです(当時のオメガ社は精度競争ではダントツで世界一でライバルのロンジン、ゼニス社に大きく差を広げていました)。

これらの30mmオメガのムーブメントを搭載した腕時計(シーマスター、レールマスター、ランチェロ)は日本のアンティーク・ショップで30万以上の高値をつけて売買されています。
日本ではこれほどまでに価格が高騰したにもかかわらず、ebeyオークションで上手く入札すれば3〜4万円で落札できます(良心的なアンティーク・ショップもありますが、相対的に日本のアンティーク腕時計の価格はかなり高いような気がします)。
実際弊店に修理依頼されたお客様も、そのような低価格で落札して、弊店に持ってこられたり送られてきたりしました。

地板等、全て赤色金メッキされ、対錆にも考慮したしっかりした造り映えです。
各パーツ、ネジ等も一寸の隙もなく製造されていて、その出来映えに感嘆の言葉が出るほど美しい機械です。
この時計は製造されてから40年以上経過しているにもかかわらず、部品の消耗摩耗がほとんど見受けられず、ヒゲ玉に取り付けてあるヒゲゼンマイのピンニングポイントからの最初の半円部分が、リューズ下の位置で上部にくる様に設計されている為に、時間の精度が理想的なやや進み具合になるように、設計されていました。
普通はヒゲ棒は1本のみなのですが、Ω30mmキャリバーはヒゲ棒がヒゲ受けの中に2本あり、その間でヒゲゼンマイは両アタリで微かな当たりの動きをしていました。

Cal.269からは精密工作機械の加工精度の向上によりドテピンが廃止され、アンクル受の内面部分の隙間がドテピンの代用をするようになりました。
時計愛好者と自負するお方なら、19セイコー、GS(Cal.45)、ロレックス(Cal.1570、Cal.1225)、と共にOMEGA(30mmキャリバー)を持っても絶対損はしない名機の時計でしょう。

●時計の小話 第208話(時計設計師と時計技術者)●

作詞家、作曲家の関係に似たものに、時計設計技師と時計技術者の関係があります(時計設計技師は姉にあたり、時計技術者は妹の関係でしょうか)。
時計技術者は、あるいは時計調整者、あるいは時計職人、あるいは時計修理技能士、あるいは時計修復師、あるいは時計組立工などと呼ばれたりします。

日本で著名な時計設計技師と言えば、セイコーの井上三郎氏、東谷宗郎氏、依田和博氏、久保田浩司氏、小牧昭二郎氏、リコー時計の末和海氏、オリエント時計の小野茂氏、シチズン時計の岩沢央氏でした(その中で末和海先生、小野茂先生はCMW取得者でもありました)。

日本で時計調整者として名を轟かせた人は、諏訪セイコーに在籍した中山きよ子氏、稲垣篤一氏、小池健一氏、野村荘八郎氏が有名で、かつてスイス天文台コンクールで活躍された人々です。
現在、セイコーでは桜田守氏、大平晃氏がセイコーの高級機種の調整を専門にしておられる代表的な人々です。

スイス時計王国には、世界中に知れ渡った高名な時計調整者がオメガ社にいました。
デッキクロノメータを長年に渡り調整して、天文台コンクールで絶えず上位に位置しつづけた人にアルフレッド・ジャカール氏がいました。
また、OMEGA 30mmを専門に精度調整して天文台コンクールに出品し続け、いつも最優秀調整者として褒賞された人に、ジョセフ・オリー氏がいました(この人こそ繊細な神の手を持った調整技術者として世界中が評価していました)。

どんなに素晴らしい機械を設計しても誰も褒賞はされなかったのですが、天文台コンクールの精度競争において優秀な成績を残した時計技術者には、褒賞制度がありました(時計設計は個人がするのではなくグループ・課で開発するために褒賞が無かったものと思います)。

ほとんどの時計技術者と言えば、時計職人(時計修理技能士)ですが、アンティーク時計を修理・修復する人をあえて時計修復師と呼ばれたりします。

今春、メカ式GSの生産現場である盛岡SEIKO工業(高級時計課)の責任者の方と電話でお話しする機会があり、現行GSの改良・改善点を提案したことがありましたが、その方は「時計設計課と相談して善処したいと思います」と語られ、時計設計課を持ち上げた話し方をされておられました(時計設計技師あっての時計技術者という意識があったためでしょうか。今では、コンピュータを駆使して基本的理論をマスターしていれば、誰もが時計設計を出来る時代になったのです。昔は製図工具を丹念に使用して設計・製図を引いたものなのです)。

●時計の小話 第209話(アンクルについて)●

アンティーク腕時計の修理依頼の200〜300個の中の内、1個はアンクル真のホゾが折れていたり、曲がっていたりしている場合があります。
アンクル本体は、『入り爪、出爪、アンクル真、剣先、アンクル体』から成り立っています。

アンクル真のホゾが折れていた場合、アンクル本体の一式を交換するか、もしくは、アンクル本体が入手不可能の場合は、アンクル真を旋盤で別作して作る場合があります。
形状は天真よりも簡単な為に、旋盤で別作する事自体はそんなに難易度が高い作業では無いのですが、アンクル体に圧入(摩擦式)する時の、振座・振り石との兼ね合いの高さ調節が、極めて難度となる作業です。

最近のアンクル真は全て圧入式(摩擦式=押さえ込む事によって固定。)ですが、古いアンティークの懐中時計などには、アンクル真にネジが切ってあり、アンクル体にネジ込むタイプのものがあり、これを『ネジ込み式アンクル真』と言ったものです。

全長2.0mm〜2.5mmのアンクル真の上の部分のわずかな所に小物捻子板でネジを切るのは、大変な作業になるものです。
今ではほとんどのアンクル真が圧入式なので、旋盤でアンクル真を別作してもネジを切る必要は無くなり、その点、大分作業が楽になりました。

でも、アンクル真をアンクル体に圧入する時、圧入する高さは振座、振石との兼ね合いがある為、慎重にならざるを得ない作業となります。
アンクル真をアンクル体に圧入する時には、経験の豊富なベテラン時計職人の場合は一般的には、タガネを使用しますが、最善の方法は『サイツ穴石入れ器』を使うのがベストだと思います。
『サイツ穴石入れ器』には、上部に、マイクロメータの装置がついてあり、圧入時の押し込む量を決められる様になっています。
この方法は、『マイクロ・プッシュ・イン方式』とも呼ばれています。

アンクル真の形状は、ほぼ4つにわけられます。
・アンクル真の上下ホゾが、平面穴石によって支えられるタイプ、
 ホゾとアンクル真が直角になっています。
・下ホゾに受石がついているタイプは下ホゾを天真のホゾのようにテーパーをつけて加工します。
・上ホゾに受石がついているタイプこれは上ホゾを天真のホゾのようになだらかななテーパーをつけます。
・最高機種のアンクル真のホゾ、上下とも受け石がついているタイプは 上下ホゾとも、天真のホゾのようになだらかななテーパーをつけます。

天真別作入れ替えと、ともにアンクル真別作入れ替えも大変骨の折れる修理作業です。

●時計の小話 第210話(セイコー・ダイヤ・アジャスト機構について)●

かつてのSEIKO高級腕時計:グランドセイコー、キングセイコーのテンプ受には、一部にダイヤ・アジャスト機構が付いていました。


ダイヤ・アジャスト機構とは
・緩急針微動調整装置(微動レバーを動かす事により日差の+−を調整する)
・片振り修正装置(可動ヒゲ持ち受とも言います。これをピンセットで動かす事により、片振り修正がいとも簡単に出来るようになりました。
これが付いていない、かつての腕時計では、片振り修正をする場合、ヒゲ玉に細いドライバーを差し込んで回していちいち調整したものです)
・アオリ調整装置(ヒゲ受とヒゲ棒の間のヒゲゼンマイのアタリの隙間を微動調整する装置です)これらが3点セットでついている機構でした。
特に<アオリ調整装置>が付いている為に等時性の調整が極めて容易になっていました。

腕時計はテンプの振り角により歩度も微妙に絶えず変化致します。
このテンプの振り角の変化に対して歩度の乱れを出来るだけ少なくするのが、<等時性の調整>です。
スイス高級腕時計には、この<アオリ調整装置>がほとんどついていなかったのに、SEIKOがこの装置を高級腕時計に設置したのは、当時のSEIKO技術陣の快挙だったと言えるかもしれません。(かってのインターナショナル社のように、ヒゲ受け・ヒゲ棒アガキを極端に微量(両当たりの固定化)にしている最高度の調整方法も存在しました)

その頃のグランドセイコー、キングセイコーには、テンプ姿勢差を是正するために、天輪の片重りを徹底して無くし、またヒゲゼンマイの偏心、及び重心移動による姿勢差を無くす為に特殊な形状の理想内端カーブをつけたり、ヒゲゼンマイの外端にも理想曲線をつけて精度を高めていました。

これらの機構と共に、精度を高めた要因の一つが高振動メカニズム(ハイ・ビート 8〜10振動)の登場です。
テンプの振動数が高くなれば、テンプの回転運動が安定してきて、等時性、姿勢差、においても高い精度が実現できます。

腕に携帯する腕時計は、手の動きによる、腕時計のテンプの姿勢の変化や、手の衝撃等によって、常に歩度の乱れの原因を絶えず生じさせていますが、ハイ・ビートになると、外部からの姿勢・衝撃の影響を非常に受けにくくなり、携帯中も静止時に近い精度を得る事が、容易に出来るようになったのです。
30年以上も過ぎたにもかかわらずその頃のKS・GSが現行のGSに優るとも劣らない高精度を維持・再現出来るのもこれらのお陰なのです。

最近のETA社汎用ムーブメントCal.2892-A2やCal.7750のテンプ受にも、SEIKOダイヤ・アジャスト機構を簡素化した機構が取り付けてあります。

●時計の小話 第211話(シチズン・音叉式ハイソニックについて)●

最近、メールで音叉腕時計の修理依頼の問い合わせがよく来ます。
しかし動力源の電池である1.35VVの水銀電池が生産終了で入手出来なくなり、お断りせざるをえない状況です(一時的に動かす事は出来るのですが、弊店ではその方法は選択していません)。

音叉腕時計は皆様がご存じなように、1960年にブローバ社が開発売り出した高精度のエレクトロニクス腕時計です。
それまでのゼンマイで動く高級機械式腕時計(クロノメーター級)の精度を遙かに凌駕する、正確さを持ち合わせていたために消費者の方は驚嘆したものでした。
http://www.isozaki-tokei.com/bulova_index.htm (ブローバの広告)

でも当時の価格で、10万円前後という高価格帯であった為になかなか普及いたしませんでした。
それに目をつけたシチズン社(当時の社長・山田栄一氏)がブローバ社と技術提携をして1975年に資本金9000万円で(株)ブローバ・シチズン社を立ち上げ、山梨県富士吉田市に大規模な工場を設立しました(富士山の裾野にそれは見事な工場群が出来上がったのです)。
当初月産18,000個、年産50万個のペースで、従業員は320名という社運を賭けた大規模なプロジェクトでした。
生産効率を高めた為に、画期的なコストダウンに成功して、小売り価格2万円台にまで下げる事に成功したのです。
このことによりシチズン製音叉腕時計ハイソニックは爆発的な勢いで普及するだろうと業界関係者に思われていました。
しかしながら、そのシチズン経営陣トップの思惑は見事に外れてしまったのです。
http://www.isozaki-tokei.com/citizen_index.htm (シチズンの広告)

そこまで行きつくまでに、シチズン社が大変な努力をしたにもかかわらず、ライバルのセイコー社が音叉よりはるかに精度の良い廉価版の水晶発振腕時計(セイコークォーツタイプ2)を売り出した為に、悲しいかなシチズン音叉時計ハイソニックは、セイコークォーツに負け、市場に登場してわずかな命で消え去る運命になったのです(音叉腕時計に固執し過ぎたためにシチズンはクォーツの開発に他社より出遅れたと言えるかもしれません)。

おそらく、アンティークウォッチ愛好家の方でシチズン・ハイソニックを所有している方は、非常に少ない数だと推察しています。
万が一いつの日か、1.35Vの電池が製造メーカーにより再生産されたなら(難しいでしょうが)、改めて見直しされる腕時計と思っています(何故ならインデックス車は直径2.4mmに320個の歯が切ってありコイルの電線の太さは毛髪の5分の一,十数ミクロンという極細でした。当時としては驚くべき技術だったのです。機械時計のように音叉腕時計にも見事な復活が将来あり得るのでしょうか?)

●時計の小話 第212話(ロレックスの仕入れについて)●

今から30〜40年ほど前は、ローレックスの日本輸入総代理店はスイスの商社『リーベルマン・ウェルシュリ&カンパニー』社でした。
リーベルマンの日本支店は、東京・大阪・名古屋・福岡にありました。
当時はどんな大手の時計店でも、直接(株)リーベルマンから仕入れをせず、日本各地にあるローレックス販売卸代理店から、定価の66.7%の掛け率で仕入れていました。

当時の主な販売卸代理店は東京地区では、『一新時計(株)』、『(株)太陽商会』、『(株)日新堂』、『(株)吉田時計店』、『(株)伊勢伊時計店』、『(株)堀田時計店』であり、大阪地区では、『栄光時計(株)』、『(株)光貴』、『(株)河合時計店』、『(株)福田時計店』でした。

その頃は、並行輸入品はほとんど流通しておらず、どこの時計店でも正規品を仕入れて販売しておりました。
その当時はローレックスという時計は時計が好きな一部の裕福層の方のみが知っているブランドであり、日本でもそんなに数多く売れてはいませんでした。
地方の時計店の店頭にもほとんど飾ってありませんでした。
私が父親の店を手伝っていたときでも、年間に2〜3本程しか売れなかった記憶があります。
当時の高級スイス時計と言えば、圧倒的に知名度が高く人気があったのは、『オメガ』で、その下に『ラドー』、『テクノス』、『ティソット』であり、そのオメガの上級にあったのが『インターナショナル』、『ユニバーサル』でした。
さらにその上の位置に占めたのがローレックスでした。
全くの高嶺の花の時計だったのです。

今では、日本人の所得も世界の高水準レベルにまで達し、ロレックスといえども、誰もがちょっと無理すれば買える時計になったのです(今日のパティック、バセロン、オーディマが30〜40年前のローレックスの立場だったのかも知れません)。
当店は、創業以来ローレックス販売卸代理店から仕入れていました。
それでも充分お客様のニーズに対応出来たのですが、これだけロレックスの人気が沸騰してきますと、売れ筋のスポーツ系ロレックスは、販売卸代理店からなかなか入手出来なくなりました。

日本ロレックス社自体が販売卸代理店を選別しだし、販売卸代理店に供給を絞りだしたのが原因の一つでもあり、また、日本各地の卸代理店の体力が長年の時計店の衰弱により弱くなっていったのも原因の一つなのかもしれません。

今日では、日本ロレックス社が各地域の有力大手時計店を選定しだし、各都道府県の2〜5店舗しか正規品を卸さなくなってきました。
当店は正規品を『(株)東邦時計』、『(株)中部シチズン時計(一新時計・経由)』から仕入れていましたが、パパ・ママ店の弱小時計店の為に、ほとんど今では正規品が手に入らなくなってきました。
よって、人気のスポーツ系でも潤沢に在庫を持っている有力並行輸入業者から仕入れる様になったのです。
当店があくまでも正規品に固執していたら、ロレックスの割引販売もHPでの販売も日本ロレックス社から規制を受け出来なかったものと推察しています。

時計の小話 第213話(NHKにて)

5月24日にNHK金沢支局の取材を受け、6月12日(木)、17時05分〜17時30分NHK総合放送『みまっしワイドかがのと5055』で、お宝拝見「時計職人が大切にしている時計」という番組に私が出演しました。

私が大切にしてきた時計は別に高額品でもなく、24才の時にCMW試験に合格した試験教材「19SEIKO懐中時計(Cal.9119A 15石」と「シチズン自動巻腕時計(Cal.6001 21石)」が紹介されました。
CMW試験の苦労話や、CMW試験が日本に導入された経緯、CMW試験の内容等が詳しくその番組で述べられました。石川県のみの放映でしたが、NHKの人の話によると、反響がかなりあったそうです。
放送時間はわずか15分少々の番組でしたが、取材時間は3時間強にのぼるもので、終わった時にはヤレヤレと思ったものでした。

後日、NHK金沢支局のディレクターNさんから電話があり、評判が良かったので「お宝拝見スペシャル番組」を北陸三県(石川県・富山県・福井県)に放送するので、私ども夫婦にNHKスタジオに出演して頂きたいとの依頼が舞い込みました。(NHKに出演するのは2回目になります。随分、昔の話ですが、昭和35年4月にNHK名物アナウンサー高橋圭三さんの司会で人気を博した『私の秘密』にも私は13才の時に出演しました。)

やっと一段落着いてホッとしていたのもつかの間、7月16(水)に金沢NHKスタジオに出向いて二時間余りの録画収録をし、7月25(金)19時30分〜19時55分のゴールデンタイムに放送されました。

放送の内容は、お宝に込められた誓い、時計職人としての小生の拘り、時計修理にかける思い入れ、時計職人の後継者の育成、技術の継承、等をお話しました。
このスペシャル番組も評判が良かったらしく、7月27日(日)午前8時〜8時25分に再放送されました。

さすがに視聴率が高いのか、NHKテレビの反響は凄いもので、2、3日店の電話が鳴りっぱなしでした。
その中で特に、心に残った修理依頼品をお伝えします。

・金沢市の80才を越えた恰幅のある、ご年輩のI氏から修理依頼を受けたのは、その方の父親の形見のゼニス社製の懐中時計でした。おそらく、大正時代の頃のものと推察しています。
(当時は非常に高額品で古い家が一軒ほど買えたほどのものでした。)

・富山県のM様ご依頼の時計は、1965年製のセイコーダイバーウォッチで、その方の父親が魚釣りに出掛ける度に腕につけられた時計で、中の機械がアッチコッチ錆びていましたが是非なおして欲しいという事で修理依頼を受けました。

・金沢市のM様ご依頼のオメガ自動巻腕時計は、どこの時計屋に持っていっても修理を断られ、 諦めて20年間放置してあった時計で、若い時に無理をして散財して買った時計で是非生き返らせて欲しいとの強い要望があり、修理を受けました。これも錆びていました。

・金沢市のM様ご依頼の時計は、シチズンスーパーデラックス手巻き腕時計とウォルサム手巻き腕時計と父親の形見のロンジン懐中時計の3個を直して欲しいという事で持って来られました。

・小松市の若い娘さんM様のご依頼の腕時計は、母親が愛用していたセイコーブレスレット手巻き腕時計で、30年が過ぎているにもかかわらず新品の様な状態を保っているキレイな時計でした。

・松任市の80過ぎのご年輩のK様ご依頼の腕時計は、今となっては懐かしいスイス製ロイヤルプリンス自動巻腕時計で、現役の頃いつも腕にはめていた時計で、非常に愛着があるので是非直して欲しいと頼まれ修理を受けました。

・一番感動した時計は、加賀市からご来店頂いた小綺麗なご婦人のO様からの依頼の時計でした。
その方の時計はレディ・セイコー手巻き腕時計で、若い頃にご主人からプレゼントされた時計で、大事に使っておられたそうですが、ご主人が亡くなられて、その後止まってしまいそのまま放置してあったそうですが、テレビを見て、是非この時計を生き返らせて欲しいとの強い熱望があり、修理を受けました。
43年前の古い時計にもかかわらず、オリジナルのケース・メーカー保証書が大切に残してあり、そのご婦人がいかに、その時計を大切に思いを込めて使ってこられたかは、一目瞭然でした。
亡くなられたご主人を心からいとおしみ愛されていたのが手に取るように解りました。
 
・松任市の80過ぎのご婦人の依頼の腕時計は今は亡きご主人さんが、長年愛用してきた時計でした。 セイコー・クロノスという、45年前の手巻き腕時計で、コハゼの歯が欠けていて、ゼンマイが巻けない状態で、どこへ持っていっても修理を断られた時計でした。
ご主人さんの生きた証として、息子さん達にこの腕時計を残しておきたくなり、なんとか動く様にして欲しいとの必死の願いがあり、普通なら断るのですが、修理依頼をお受けしました。

時計という道具は、人それぞれに何かしらの記念的な思いが籠もった品であるとつくづく痛感しました。
NHK金沢支局のアナウンサーWさん(教養があって非常に感じのいい青年)が言っておられた様に、時計の価値は、その時計自体の値打ちよりも、その時計を使ってこられた人の思いや、愛着が大きなウェイトを占めるものであると、この番組を出て改めて知らされました。
私はこれからも価値のある腕時計を修理するのは当然ですが、お金では買える事の出来ない人それぞれの熱い思いの籠もった腕時計も出来うる限り修理依頼をお受けしようと思いました。

●時計の小話 第214話(シチズン・コスモトロン・スペシャル)●

水晶発信腕時計(クォーツ)と音叉式腕時計が出現するまでには、電池で駆動する腕時計はテンプを内蔵した電子腕時計が国内外とも幅を利かせていました(それ以前には接点式の電気腕時計も存在しました)。

特にシチズン社は『電子ウォッチのシチズン』と評価される程、電子ウォッチに力を入れ、バラエティーに富んだ電子ウォッチを次から次と発売してきました。
その点では一歩セイコー社より先んじていたかも知れません。
テンプ式電子腕時計の世界最高峰のキャリバーと言えば、シチズンのCal.7800番台である事に異を唱える人は誰もいないと思います。
それ程、Cal.7800番台は一部の隙も無い程、完全に作られていた究極のテンプ式電子腕時計でした(テンプ式電子腕時計がお家芸であったために、シチズン社が最初にクォーツを新販売したときもステップモーター機構ではなくロレックスと同じようにテンプ内蔵のクォーツでした)。

Cal.7801がコスモトロン・スペシャルのペットネームで発売され、Cal.7802がコスモトロン・デイデイトのペットネームで発売されました。
ムーブメントの胴経は28.4mm、厚さは6.0mm、テンプの振動数は36,000のハイ・ビートでした。
この2機種のムーブメントは姉妹ムーブメントで、Cal.7801には時報合わせ装置がついておりました。

ランゲ&ゾーネ社が最近発売したモデルにも、時報合わせ装置を付いた腕時計がありますが、30年以上も前にシチズンはこの機構をすでに腕時計に採用しておりました。
『時報合わせ装置』とは、8時の所にあるボタンを時報に合わせてプッシュすれば、正時に対して、時計の進み遅れが3分以内の時には瞬時にして分針と秒針が正時に帰零する、という非常に重宝なシステムでした。
いちいちリューズを引っ張って、秒針を停止させ分針を合わせて、時報と共にリューズを押し込む、という不便さは全くありませんでした。

この時計は10振動というハイ・ビートの為、メカ式の優秀級クロノメータの精度を遙かに上回る高精度を持っていました。
また、ゼンマイのトルク変動に伴う等時性の乱れが全く無い為に、日差+3秒前後というテンプ式調速機ではこれ以上望めない程の精度を一年間に渡って安定して動き続けた腕時計でした。

惜しいかな、この時計も音叉腕時計と同じく、1.3Vの電池を使用している為に、電池生産終了の為、入手が出来ず、修理依頼は最近はお断りしているのが残念でなりません。

●時計の小話 第215話(夏の思い出)●

1969年に、セイコー社が世界初の市販クォーツ腕時計『SEIKOクォーツアストロン 39S9』を45万円で売り出しました。
翌年の1970年には、SSケースに入れて17万5千円にコストダウンをして市販しました。

私の給料がその当時、約3万円だったので、とてもとても手の届く腕時計ではありませんでした。
それから月日が30数年経て、クォーツ時計が驚愕すべきコストダウンに成功して、今では定価1000円以下の正確なクォーツ腕時計が買えるまでになった事を思えば、誰がこの価格破壊の事を予想できた事でしょう。

今では、低価格の為に小学生の子供さんでも正確なクォーツ腕時計を何個か持っている時代になりました。
私の子供時代の事を思えば、今のお子さん達にとって、腕時計とは手の届かない高嶺の花の商品ではなくなった事に違いありません。
逆に言えば、今の子達にとって腕時計は欲しくて堪らないと、恋い焦がれる程の魅力のある商品ではなくなった事でしょう。
その点を考慮すれば、腕時計に対する気持ちが若干、子供達にとって薄れてきたに違い無いでしょう。
その事を思えば少し侘びしいような寂しいような気がしないでもないです(おそらく今の子達にとって腕時計は宝ではなく使い捨ての物に成り下がった事は容易に推察出来ます)。
誰もが少額で、正確なクォーツ腕時計が買えるという事は、時計メーカーのコストダウンへの計り知れない努力の賜物でしょう。

私が小学校時代、腕時計を必要とした時、例えば、修学旅行、遠足の時、学級委員のみは、腕時計をはめて、学校に行く事が出来たものです。
その時、私は母親の手巻きの腕時計をつけて、誇らしげに学校へ行ったものです。
滋賀県とか、京都府には、夏には『地蔵盆』という風習があり、各町内には必ずと言って良いほどお地蔵さんが祀ってありました。
盆になると、町内の有志の方々が、スイカ、ぶどう、梨、バナナ、メロン等を奉納し、子供達が夕方五時になると、子供達にその果物が褒美として食べられました。
時計屋の息子だった私は、その時も母親の腕時計を借りて、五時になるとみんなに告げて奉納された果物を頂戴したものです。
『地蔵盆』は町内の子供達が主役で、子供20人が座れるほどの大きな縁台を拵え、『おみやげやぁーす!チンコンカン!ろうそく一本、立てやぁーす!チンコンカン!』と言って通行人に、お布施を頂いたものでした。
今から思えば、懐かしい少年時代の腕時計の思い出です。

●時計の小話 第216話  ザラ回し●

落下・衝撃・磁気等による故障や、定期的なオーバーホールの修理依頼受けた時、必ず機械を全てバラすまでに、点検する事項は沢山あります。
ヒゲゼンマイの状態はどうなっているのか?天真のホゾのヘタリは無いかどうか?脱進機の作動は正常かどうか?、針・カレンダー・自動巻は正常に作動するかどうか等を大雑把に見ます(私の場合は、洗浄するまでにヒゲゼンマイの調整を予めほとんど仕上げて、組立の段階で再度、精密ヒゲ調整をします)。

ムーブメントを全てバラし終わった後、必ず掃除棒と手荒いのハケで洗浄を行い、受石・穴石に付着している古い油を完全に拭い取り、キレイに仕上げます(掃除棒で、受石・穴石の古い油をこすらないで、いきなり超音波洗浄機にかけても古い油はほとんど落ちません)。
超音波洗浄をして各歯車の組立の段階になりますが、ここで一番注意しなければならない要点があります。

アンクル・テンプを除いたガンギ車までを地板に組み立てて、角穴車の歯をコハゼに1目盛りだけゼンマイを巻き上げて、スムーズに2番・3番・4番・ガンギ車が抵抗なく回ればまったく問題は無いのですが、10年、20年と機械時計を使用してきますと、このザラ回しがうまくいかない場合が往々にしてあります。

時折、注油後、角穴車を半回転してもガンギ車までゼンマイの力が伝わらず、ガンギ車が回転しない場合があります。
その原因はゼンマイのヘタリも考えられますが、一番良く見受けられるのは、『歯』の摩耗と、『カナ』の損耗です。
穴石に人工ルビーを使用している場合はどうもないのですが、穴石に人工ルビーを使用していないアンティークの腕時計の場合、軸受けが摩耗して、極端な場合『ひょうたん』のような形状になる場合があります。
その場合は、歯とカナがつっかかり、ゼンマイを巻いても輪列の歯車は、回転しません。

組み立てる段階で、輪列のザラ回しは非常に大切な点検作業であると、痛感する時があります。
最近出くわした事ですが、今年の始めにO社の自動巻腕時計のオーバーホールをした人から、時折調子が悪いので、再度見て欲しい、と言われました。
購入後4年なので、何が原因なのか預かって見てみましたが、やっぱり腕につけると数時間で止まるのです。
全てを分解して一つ一つのパーツを見てみましたが、なかなか、コレという原因が掴めませんでした。

ザラ回しをしてみますと、購入後4年にもかかわらず、角穴車を半回転以上しないと、各輪列の歯車が回らないという事が起きていました。
まさか、4年ちょっとでカナが摩耗しているハズは無い!と早合点していた為に、カナの点検をもう一度60倍の双眼顕微鏡で見てみますと、カナが若干損耗している形跡が見受けられました。
カナの損耗(歯車の歯が当たることのより起こるキズ)によりゼンマイが十分に巻かれていないときに停止したものでした。
よって、時計材料店より、ETA2892の3番・4番・ガンギ車を取り寄せ、交換してみますとザラ回しが正常に動きました。
精密機械の時計にはあってはならない事なのですが、製造段階で部品のムラが多少ともあるという事を痛感した事例です。

●時計の小話 第217話  ガンギ車の錆●

M様からスイス高級腕時計ブレゲ・マリーン・ミディアムサイズのオーバーホールの依頼を4月に受けました。
機械を取り出してみると、ジャガールクルトのCal.889/2が搭載されていました。
このムーブメントはJL社が1985年マスターコントロール用に開発した日付表示機能付きの自動巻ムーブメントです。
パーツ総数202個、厚さ3.25mm、28,800振動で高精度を発揮する優秀なムーブメントです。
この機械を搭載した時計に、有名なIWCのマーク12や、一部のオーディマ・ピゲにも採用されています。

分解・洗浄・組立段階になり、ザラ回しをしてみますと、何かひっかかる様な動きをするので、輪列の歯車をルーペで細かく点検をしてみますと、ガンギ車のカナと歯にほんの少しのサビが見つけられました。
時計用強力瞬間サビ取り剤『リザーW』でサビ取りをし、再度組立、調整してみますと動いたので、腕にはめて実測してみても何ら異常が無かったので、大丈夫だと確信しお客様にお渡ししましたが、しばらくすると、やはりゼンマイの巻き上げが少ない時に止まるのです。
機械は一度サビますと、完全に100%サビ取りは不可能で、古い時計ならパーツが入手出来ないので、やむを得ず交換しない場合があります。

まだこの機械は現役のムーブメントなので、ガンギ車を交換しようとアッチコッチの時計材料店に問い合わせてみました。
知人のCMW技師にも頼んでもみましたが、今では輸入元のパーツはコンピューター管理されているために部外者にはなかなか手に入りにくい状態だというのでほとほと弱っておりました。

どこの時計材料店からも入手出来るという返事が貰えず、わずか一軒の大阪のT時計材料商店から、スイスオーダーすれば入手出来る可能性があるという返事を頂きました。
T商店の親爺さんに頼んでJLのガンギ車をスイスから取り寄せる手配をしていただきました。
一ヶ月あまり待って、7月の下旬にようやくスイスから弊店に届きました。

丁度その頃、難物の修理をしていたためにブレゲの修理に取りかかるのに、4、5日遅れてしまいました。
ようやく難物も修理完了し、サァこれからブレゲをやるぞ、と意気込んでガンギ車をカプセルから取り出してみるとなんと、ガンギ車のアームがサビているでは、ありませんか。
スイスからの輸送中か、それとも、丁度高温多湿の日本の夏の時期に4、5日間カプセルの中で放置した為か、どちらが原因かわかりませんが、クレームをT商店に言う訳にもいかず、仕入れ原価12,000円のガンギ車がダメになってしまったのです(それにしても何と高いのでしょうか。ETAの2892-A2のガンギ車なら下代2000円前後で購入できるのに)。
やむを得ず断腸の思いで再度スイスオーダーをかけて頂く様に、T商店に頼みました。

T商店の親爺さんの言う事には、丁度八月は夏のバカンスで、一ヶ月近くあちらの業者は休むので、納品が遅れることを了承して欲しいと言われ、お客様に迷惑がかかりますが、やむをえず了承し、オーダーをかけて貰いました。

やっと、千秋の思いで今月の初めにスイスから二度目のガンギ車が到着し、ようやく、修理完了しました。
順調にいけば、メカ式腕時計の修理は二週間もあれば出来るのですが、超精密機械なので、一度機械が壊れて拗れると、修理完了まで3ヶ月から長い時で、半年もかかる場合があるのです。
M様は弊店のお得意様で、修理期間が長かったにも拘わらず信用して頂き、一度も催促や、クレームを言われず、本当に助かりました。

●時計の小話 第218話(時計店の業務の変換)●

現在の地域一番店の時計店の店頭風景は、若い綺麗どころの女性店員さんが数名おられ、その方々が接客をされている、というのがおおよその繁盛店の店内風景です。
そして幹部社員の2〜3名の男性店員さんがまとめ役として、店内に睨みを効かせているというのがほとんどだと思います(時計店の経営者が修理作業をしているなんて考えられない事です。よって本当に時計の事を熟知している時計店経営者が少なくなっているとも言えます)。

今から30年〜40年以上前の時計店の風景は、今とはほとんど違った様相を呈していました。
9割方の時計店はパパママ店で、夫婦で経営しておられるのが普通でした。
腕の器用な店主の店では、親爺さんが一日中キズ見をつけて時計修理に勤しみ、奥さんがいそいそと接客をされていたのが、あたりまえの風景でした。
昔の時計店の競争は、品揃えや資本力、立地、店構えという条件が全てではなく、修理が上手いという事が最大の店のキャッチフレーズになり、時計店の親爺さん達は時計技術の向上の為に、みんなが一生懸命努力したものです。
その結果、客観的に評価出来る資格を取得しようと皆さんが躍起になったのです。

そのころ時計店10店あれば、3割ぐらいの時計店の親爺さんは修理が出来ない人がいたため、その人達は修理で稼ぐ事が出来ない為、店頭販売や訪問販売(外商)に力を入れておられました。
現在、地域一番店と言われる店は、ほとんど店主が修理が出来なくて、販売に力を入れた店が大きくなったものと思っています。
私が育った滋賀県のN市でも老舗の店が2軒ダメになり、私が子供の頃、とても小さかったお店が今ではダントツの大きな店に成長しています。
やはりそのFさんも修理が出来ないために販売に力を入れたために大きくなったのでしょう。

腕の良かった器用な時計職人の店は、クォーツ登場以来修理依頼がメッキリ減り、元々腕時計の販売では荒利が少ない為に生活が出来なくなり、メガネ店に業務を変換したり、宝石専門店へと変わっていったのです。
その結果、時計店が全国各地で減少していった大きな原因なのです。

当店はインターネットのおかげで、修理依頼が全国から来る様になり、30〜40年前の時計店の懐かしい様相になっています。
昔は時計店を店外から眺めたら、時計屋の親爺さんが、キズ見をつけて苦虫を噛み締めた様に渋い顔をして修理をしていたものです。
当店にご来店になったお客様も、その様な感じを受けられたかもしれません。
今日では自店で修理する店はほとんど無く販売のみの店になってしまい、昔ながらの時計店の一種独特の風景が無くなってしまったのは寂しいような気持ちが起きます。

●時計の小話 第219話(61グランド・セイコーについて)●

精工舎が過去においてグランドセイコーを何種類か生産して来た中で、手巻きのGSの名機はCal.45である事に異論を挟む人はいないと思います。

この45キャリバーは、第二精工舎が1968年に生産を開始したものです。
再三、小生がこの『時計の小話』で45キャリバーを褒めちぎってきた為に、このGSのアンティーク市場での値上がりが甚だしいという読者の方からのメールを頂いております(その点に関して、これから45キャリバーを入手しょうと思っておられるセイコーファンの方にお詫びいたします)。

自動巻のGSの名機と言えば、諏訪精工舎が同じく1968年に開発・発売したCal.6145A(日付付き)、6146A(デイデイト付き)でしょう。
このムーブメントはムーブ直径が24.0mm、厚さ5.6mm、振動数36,000のハイビートで手巻機構付きでした。

この時計のSEIKO技術講習会に後年参加した時、SEIKOの技術者から『ガンギ車とアンクルは、洗いバケを使わずに新鮮な揮発油のみで濯いで下さい。洗浄後は布で拭かずに自然乾燥するように』と言われ、そして『絶対超音波洗浄はしないように』とのアドバイスを受けました。
おそらく当時では珍しいエピラム液処理がしてあったのでしょう。
また、香箱と香箱フタが完全に固定して密閉してあるので、絶対分解しないようにとも言われておりました。
実際香箱フタには「DO NOT OPEN」と黒色印字されておりました。
それにも拘わらず、未熟な技術者が無理矢理フタを開けてキズだらけにしている修理に時たまあたります。
このGSの精度は、日差−3〜+6秒以内に精度調整されていました。

その年の12月に発売された、グランドセイコースペシャル(Cal.6155、6156)は、クロノメーターの検定規格を遙かに凌駕する精度を維持していました。
日差は−3〜+3秒という高精度を維持しておりました。

Cal.61系の最高峰が、1969年6月に発売されたCal.6185、6186でしょう。
そのグランドセイコーは文字板にV.F.A(Very Fine Adjustedの略)と刻印されていました。
おそらくこのグランドセイコーVFAは、スイス天文台コンクールで優秀な成績を収めた中山氏、小池氏、野村氏等の方々が精度調整されたものだと思います。
この時計の日差はSEIKO機械式腕時計の社内制度等級4A、という最高度の優れ物でした。
日差−2〜+2という精度で、実際の携帯精度は一ヶ月に誤差1分以内のものでした。
セイコーの長いメカ式腕時計の歴史の中で、1968年、1969年は金字塔を打ち立てた記念すべき年でした(世界最初の市販クォーツ腕時計 クォーツアストロンの販売も1969年でした)。

SEIKO社は幾多の機械時計を生産してきましたが、精度に関して完成度の最高の機械は、手巻きは『Cal.45』、自動巻は『Cal.61』だったと私は確信しております。

●時計の小話 第220話(女性用電池腕時計の登場)●

今から30年程前、昭和46年にシチズンが画期的な女性用電池腕時計を発売しました。
その時計は、シチズンコスモトロンL「Cal.58」というネーミングで発売されたテンプモーター式の電池腕時計でした。
昭和41年にシチズンが紳士用電池腕時計X8(エックスエイト)を発売して以来、女性用がいつ発売されるか誰もが期待し、待ちに待った女性用電池腕時計でした。

女性の方は一般的に男性よりも腕の運動量が少なく、女性用自動巻腕時計を購入されても運動量が少ない為に充分にゼンマイが巻かれなくて、明くる日の朝には止まっているというケースが往々にしてありました(何度も何度もそういうクレームに会った記憶があります)。
一般的に機械いじりが好きでない女性にとって、手巻きや自動巻腕時計はなかなか使いこなせない腕時計でしたが、水銀電池1.30V、一個で一年間駆動し続ける、このシチズンコスモトロンLの登場は、年輩の女性の方や運動量の少ないオフィスレディの方々に圧倒的な支持を受け、大変良く売れた記憶が鮮明に残っています。

このシチズンコスモトロンLは、市販された腕時計では世界最高の振動数を誇る毎秒12ビート(43,200振動/毎時)の高精度のムーブメントでした。
大きさは15.3mm×17.9mm。厚さは4.91mmというコンパクトな設計で、対抗可動磁石型テンプ調速式を採用し、引き磁石を取り付けたインデックス車がテンプの振り石と直接噛み合う方式を取り、従来のテンプ式電池腕時計に見られたアンクルは無くなっていました。
部品総数も少なくメンテナンスが非常に易しい電池腕時計でした。
付加装置として電源スイッチ・秒針停止装置・微動緩急装置・パラショックが付いていました。

当時の女性の人々には、小さな水銀電池一個で一年間休み無く動き続けるこの腕時計は絶賛される程の支持を受けたのです。
クォーツの時代になって、机に長い間仕舞いこんでいても、いつも動いているのがあたり前の現代の人々にとっては、非常に理解されにくい事ですが、30年前にこのような、一年間休むこと無く動き続ける電池腕時計の登場は、女性の方々に驚きの目で迎えられたのです。
〒924-0862 石川県白山市(旧松任市)安田町17-1 イソザキ時計宝石店
電話(FAX):076−276−7479  メール:isozaki@40net.jp